Tome文芸館 Annex

自作読み物を紹介。動画用朗読音声を常時募集。英訳はGoogle翻訳。

母の死


実家の老母が亡くなった。

歩行困難が進行し、隣の市に住む兄夫婦が世話していた。
施設入居を拒み、訪問介護を受けながら雪国で独居。

設置された動作センサーに反応ないため、異常発見。
玄関は施錠され、最初に近所の駐在さんが勝手口から侵入。

浴室の湯を張った浴槽の中で死んでいたそうだ。
医師による死体検案書によれば、死因は溺死。
 
おそらく浴槽から出るに出られず、のぼせたのだろう。
設定温度(43℃)を自動で維持するシステムが災いしたわけだ。

浅いが横長の浴槽で、ゆったりからだを伸ばせるタイプ。
片手をフチにかけ、顔面を湯につけていたという。

数日前、杖をついて歩けずに立ち往生していたところを 
近所の方々が手助けして家に戻してくださった、と聞いた。

もう体力の限界、自力で生きる寿命だったのだろう。

大好きな入浴をしながらの最期、ある意味 
これ以上望めない理想的な死に際かもしれない。

苦しみから解放され、ホッとしているのではなかろうか。


あわただしく実家に到着。
フトンの上に寝かされた状態での対面。

顔面が膨らみ、体内圧が高いため、鼻血が出ていた。

死化粧が施され、止まったと思ったのもつかの間、血が垂れ 
首の下の白い死装束が真っ赤に染まってしまった。

ティッシュペーパーを帯状に折り、牛の鼻環のように両穴に挿す。
みっともなくて申しわけないが、仕方がない。

赤く濡れるたびにティッシュペーパーを交換して一晩中。
途中、血が途切れたのか「ピー」と笛の鳴るような音までした。

同居していると、勝手なお喋りに我慢ならなくなり 
盆や正月に帰省しても、一泊二日で戻っていた。

死んでも黙らんのだな、と苦笑したものだ。

ようやく明け方になって完全に止まり、ホッとする。
余分な水が出たせいか顔色が黒ずみ、死化粧のやり直し。


葬儀は喪主の兄が立派に仕切り、つつがなく終了。
さすが、期待される立場の長男である。

次男は、いてもいいが、いなくてもなんとかなる存在。
だから、自分の居場所がないように感じ、上京したのだよな。


父親は高校2年の時に仕事中に事故死した。

あの時、まず母親がかわいそうだと思って泣いた。
父親の死を悲しんで泣いたのは通夜も遅くになってからだった。

今回、突然ではあったものの想定内であり、まだ泣いてない。
ただし、遺品の整理をしながら感じるものはあった。

頑固と言えるほど責任感が強いせいか 
二回ほどノイローゼになり、精神病院に隔離された。

夫である父の亡くなった直後の自殺未遂。
それを謝る三日坊主の日記。

国内および海外旅行の写真もたくさん出てきた。
友人も多く、なかなか楽しんでいたようだ。


それにしてもである。

裁縫を仕事にしていた時期もあり、手芸教室にも通った母の 
道具や材料や作品を大量に処分しなければならなかった。

工夫と努力の成果を引き継ぐ者、後継者がいない。
そのため、ゴミとしてゴミ置き場に出さねばならない。

悲しいだけで終わらない、このむなしさ。