Tome文芸館 Annex

自作読み物を紹介。動画用朗読音声を常時募集。英訳はGoogle翻訳。

2013-07-01から1ヶ月間の記事一覧

社の石段

山の上に古びた社があった。長くて急な石段があるため訪れる者は減多にいないのだった。それは、ある朝のこと。猫が石段を上っていった。少女も石段を上っていった。浮浪者も石段を上っていった。坊主も石段を上っていった。やがて、その日のタ方。ヒゲを抜…

もみじ

「もみじ」という名の喫茶店があった。店内の壁に額縁が飾ってあった。ありふれた水彩の風景画だった。その絵は毎週土曜日になると変わった。近所の貧乏画家が差し替えるのだ。一枚で一週間、コーヒーが飲める。それが店主と画家との約束なのであった。「そ…

ケーキ

あさ ケーキをたべた なまクリームのうえにひとつ やわらかそうなかのじょのみみたぶ ちょっとコリコリして なかなかおいしかった ナニヲキキタカッタンダロひる ケーキをたべた なまクリームのうえにひとつ なやましげなかのじょのくちびる ちょっとヌメヌ…

呪われた古城

ここは呪われた古城。忌まわしき運命の吹きだまり。床も壁も天井もすべて血塗られている。あなたは寝室で吸血鬼に襲われ、階段から幽霊に突き落とされ、地下牢でミイラにされる。殺されないためには殺すこと。殺すためには生き返らせないこと。いくら手を洗…

画家とモデル

画家の前にモデルが立っている。いわゆる美女である。そして、全裸だ。なにやら悩ましげなポーズをとっている。うらやましい状況だが 画家は裸婦を描きたいわけではない。着衣のモデルでは ふたりの関係を妻に疑われるからだ。じつは彼女、画家の恋人でもあ…

千匹の虫

千匹の虫が這う 僕のカラダ ケムシ ウジムシ ダンゴムシ ムカデ ゲジゲジ ゴキブリに ヒルやナメクジ ミミズまで おぞましき万本の脚を蠢かせ けがらわしき億本の毛を逆立てて ウヨウヨ モゾモゾ ワサワサ クネクネ ゾロゾロ ベトベト グルルルル かじり 飲…

密室

殺人事件が発生した。殺されたのは憶病な富豪。現場は完全な密室であった。窓はなく、地下深く 幾重もの金属とセラミックスの扉。すべて内鍵が掛けられてあった。壁は厚く、隙間もなかった。通気口すらない。自殺でも事故でもなかった。死因は酸素欠乏。 あ…

水着の周辺

大きな島だ。半島かもしれない。すぐ近くで一組の家族が遊んでいる。ビーチボールを使っているようである。なぜか視界が限定されているためここからでは家族の姿を見ることができない。にぎやかな笑い声だけが聞こえてくる。やがて、少年と少女が目の前に現…

別の世界

こことは別の場所で今とは別の時間が流れる。僕とは別の僕がいて君とは別の君がいる。そして僕たちとは別のふたりの別の関係がある。別の世界が良いとは限らない。別の世界が悪いとも限らない。別の悲しみがあり、別の喜びがあるのだろう。あるいは別になに…

うたかた

うたかたの 淡き恋なら 言の葉の 針でつついて 割れてしまえと元「koebu」田辺千鶴さんが歌ってくださった!「note」yayaさんが演じてくださった! Like a FoamIf it is a light love like a foamPierce with the needle of words and break it

星のヘソ

君たち、頼むから無造作に歩かないでくれ。どんな星にも必ずヘソあり。その星のヘソがどこにあるか誰にもわからないのだから。浅瀬や草むら、深海の底、山頂の近くあるいは街路樹の根方とかどこにあるかまったくわからない。うっかり星のヘソを踏んでしまっ…

脱ぐ女

朝の通勤電車の中である。ただし、それほど混んではいない。「失礼して脱がせていただきます」礼儀正しく断りを入れてから女はコートを脱ぎ始めた。乗客らは怪訝な表情で女を見る。女はコートを折り畳むと網棚に置き 続いて上着も脱ぐのだった。優雅な仕種。…

縫い目

じつに裁縫の上手な女だ。衣類、寝具、バッグ、ぬいぐるみ・・・・彼女はどんなものでも縫える。いつも糸と針を持ち歩いている。これがなかなか役に立つ。服のボタンの修理だけではない。裂けた革靴の修理さえできる。ストッキングの伝線だって平気。刺繍の模様…

人形使い

狭いながらも会場は満員。観客はじっと舞台を見つめている。舞台では人形使いが人形を操っている。「それにしても、きたない人形だな」「ふん。おまえの下着ほどじゃないさ」「おれの下着、いつ見たんだ?」「ふん。見なくてもわかるさ」「比べてみるか?」…

手話

バス停で待っていた。もちろん、バスを。でも途中で、どうでもよくなってしまった。私は双子の姉妹に続いて列に並んでいた。それがじつにおかしな姉妹なのだった。顔も髪型も服装もそっくりなのは、まあいい。なにしろ双子なのだから。ふたりは顔を見合わせ…

日記

今日の日記を書く。ほらね。また昨日に戻ってしまった。不思議。理解できない。今日は昨日と同じ。昨日は今日と同じ。夜が明けても明日にならない。そっくりな一日の繰り返し。もう限界。誰か助けて! 昨日の日記を読み返す。ほらね。また同じこと書いてある…

公園の絵描き

ある公園に絵描きがいる。似顔絵を描くのが彼の商売。あんまり絵はうまくない。でも、なかなか人気がある。他人が見ると似てないのに 描かれた本人は似てる、と言う。実物以上に描くのではない。むしろ、実物以下の場合が多い。それでも客は感心してくれる。…

生首

ある男がある女に惚れた。だが、女にはすでに恋人がいた。「ふん。それがどうした」男は女の恋人を殺し 血に汚れた手のまま力ずくで女を抱いた。それがよく見える位置に見開かれた眼の恋人の生首を置いて。「どうだ、悔しかろうが」男は幾度も幾度も女を抱い…

背中のナイフ

わしの背中にナイフが刺さっている。このわしになんの断りもなく、いつ、どこで、誰が刺したのやら。近頃の、通り魔だかなんだか知らんが礼犠というものを知らんのかね。まったく迷惑な話だ。寝ようとしても、仰向けになれん。わしは血も涙もない守銭奴だか…

トロッコ

一台のトロッコに男三人が乗っている。そのうちの一人が俺だ。目の前の二人は裸で抱き合っている。たくましい筋肉。日に焼け、汗ばんだ皮膚。片方の男と視線が合ってしまう。ひどく暑いはずなのに寒気がした。「俺に触れるなよ」一言注意しておく。「もし触…

仁義なき賭場

世間から隔絶された空間において仁義なき賭場が始まろうとしている。まず、バニーガールが膝をつき、板の間に座る若い衆に札が配られる。彼らの背後には兄貴風の男たちが立つ。ただし、この兄貴風の男たちの顔は灰色の暖簾に隠されて見えない。いかにも高そ…

行くところがない

ホントどこへも行くところがない。森はとんでもないところだし かと言って、池や沼ではいくらなんでもあんまりだ。海にも山にも飽き飽きでバスも電車も乗る気になれない。砂漠やジャングル、こりごりで隣町さえ蜃気楼。よその星は遠くて億劫。せいぜい近所の…

読書する少女

美しい横顔、ゆるやかな姿勢。風にそよぐ長い髪。額から鼻先へと続く知的なライン。やさしい眉と真摯なまなざし。半分しか見えない唇が かすかに動く。額縁の肖像画さながらに 窓辺で読書する少女の姿。世界から切り離された方形の画面。今のあなたには鳥の…

陶器の犬

大きな会場である。新商品の展示会であろうか。コンパニオンが笑顔で説明している。「食べるだけで水着が透けます」彼女が腕に抱えているのは陶器の犬。「さらに、この段階で腰が抜けます」画面に表示された折れ線グラフ。異国の兵器商人が首をかしげる。そ…

闘技場

観衆は血を望んでいる。だから闘技場の土は黒い。闘いの相手は女であった。奇妙な仮面をかぷっている。そして、ほとんど裸だ。殺すのは惜しいと思った。だが、殺されるわけにはいかない。開始早々、女の剣を奪う。乳房をつかんで放り投げる。地面に押し倒し…

廃線の駅

ここは山の中。とうの昔に廃線となった駅。今は草木が茂り、錆びたレールを隠している。さきほど汽笛が聞こえたような気がしたがおそらく空耳であろう。脱線事故やら人身事故が頻発し、それら諸事情により使われなくなって久しい。もともとは炭鉱のための線…

手袋と靴下

二階の窓から手袋を落としてしまった。見下ろすと、一階の庇の上に載っていた。運がいい。まだ諦めるのは早い。窓から身を乗り出して、手を伸ばす。指先に当たり、手袋は下に落ちてしまった。さすがに諦めなければ。庇のすぐ下は水面だった。洪水なのだ。ク…

手の痛み

保母さんの弾くオルガンの音が聞こえる。幼い僕たちが小さな手と手をつないで輪を作ってお遊戯をしている。僕のすぐ隣はひとつ年長の女の子。突然、その子とつないだ手に痛みが走る。僕の手のひらに、彼女が爪を立てている。幼いながらもすごい力。驚いて横…

手続き

住所のメモだけが頼りだった。地図はなく、電話番号もわからない。もっとも、住所だけで十分ではあった。むしろ、これで見つけられない方が問題である。途中で迷ったりしながらも目的地に着いた。入口らしくない入口から建物に入る。受付嬢らしくない受付嬢…

いい子でいてね

僕の家は五人家族。お父さん、お母さん、お兄さん、お姉さん、そして僕。「いい子にしているんだぞ」ある日、お父さんが家を出て行った。「いい子にしているのよ」ある日、お母さんも家を出て行った。「いい子でいろよ」ある日、お兄さんも家を出て行った。…