Tome文芸館 Annex

自作読み物を紹介。動画用朗読音声を常時募集。英訳はGoogle翻訳。

2011-09-01から1ヶ月間の記事一覧

なつかしい泉

山道が途切れてしまった。 それでも藪をかき分けて進んだ。子どもの頃の記憶だけが頼りだった。追われる獣の気分にさせる、蜂の羽音。あやうく転落しそうになる、崖。顔や腕に蜘蛛の巣が絡みつく。服は露と汗で濡れ、不快で重かった。(ここだ。やっと見つけ…

誰も止めない

犬が歩いていたので蹴飛ばしてやった。けが人がいたので傷口をひろげてやった。いい女がいたので辱めてやった。いやな男がいたので痛めつけてやった。平等だったので差別してやった。平和だったので戦争を始めてやった。どんなことでもできるのだった。やり…

空の笑顔

随分前に寝床に入ったのだが 外が騒がしくて眠れない。「わあ、すごい! すごい!」近所の奥さんの声が聞こえる。らしくないな、と思う。彼女はインテリだ、と近所で評判なのだ。起き上がり、窓を開け、外を眺める。渡り鳥の群のようなジェット機の編隊が 青…

操縦室

航行しているようだが海ではない。海よりもっと港や人々から離れた場所。乗り物はとりあえず「船」と呼んでおこう。この船は果てしない闇に包まれている。操縦室と思われる部屋も明るくはない。私は中央の操縦席に座っている。どうやら船長の立場にあるらし…

切れそうな糸

糸が見えるというのに この糸が切れそうなこと なぜ見えぬ? 夢見ておるのか? おまえが見ている糸は 本当にこの糸か? おまえの頭の中に巣くう 蜘蛛の糸ではあるまいな。なにを待っておる? 虫なら来んぞ。 おまえがみんな 喰ったではないか。 「ゆっくり生…

石碑の前

この石碑には見覚えがある。彫られた文字は違うが、読めないのは同じだ。根元の苔の生え方だってそっくりだ。同じような道、似たような場所。くそっ! どうなっているのだ? 動物園の熊みたいに檻の中をぐるぐるぐるぐる ただまわっているだけじゃないか。ど…

生存者

きっと僕はどうしようもないんだと思う。わけがわかんなくなるんだ。たまになんだけどさ。気がついた時はもう遅いんだ。いつもね。最初、たくさんの仲間と歩いていたんだ。本当なんだってば。嘘なんかつかないよ。いろんなのがいたよ。まあ、僕もそうだけど…

すべり台

それは、長い長いすべり台だった。あまりにも長くて先が見えないのだった。「こわくて、すべれないだろう」心ない大人が子どもをからかう。「ふん。こわいもんか」勇気ある男の子がすべり始めた。おもしろいようにすべり落ちてゆく。「わあ、楽しいな!」ど…

三角関係関数

三角関数は、直角三角形の角の大きさで定まる関数。三角関係は、三人による恋愛関係。そして三角関係関数は、三角関係において関係の深さ、愛情の強さで定まる関数を意味する。一般化のため、性別は無視する。三角関係ABCにおいて∠Cを直角とするΔABC…

磁石男

磁石男の悲しみは深い。鉄を引き寄せるくらいなら、問題ではない。ナイフが飛んできて、胸に刺さるくらいだ。この男は女を引き寄せるから、困る。それも美女ばかり、選り好みをするのだ。磁石男が街を歩けば、美女が飛んでくる。空中正面衝突など、日常茶飯…

遺書

このまま生き続けてゆくとくだらないことやつまらないこといやらしいことやみじめなことそのほかどうでもいいようなやりたくもないことをどうしてもやらなければならなくなる。それはもうはっきり決まってる。でも、まあそういうのはおいおい慣れてしまえば…

さよなら

あいつが立ち上がる。いかにも帰りたそうな顔してる。「待ってよ」あわてて戸口を立ち塞ぐ。「まだ帰らなくたっていいじゃない」「いや。もう帰ってもいいはずだよ」どうしてこんなに意見が合わないのかな。みっともないほどあせってる、私。「子どもの頃の…

交換屋

楽な商売は少ないだろうが、交換屋も楽じゃない。交換できそうもないものを交換するのが仕事だ。今日もまた、どんどん難しい注文が入ってくる。「古女房を新しいのと換えてくれ」「カモシカのような脚にしたいのだけれど」「家の方角が悪いから、直してよ」…

空中蟹バサミ

いかにも手強そうな相手だ。目付きも体付きも只者じゃない。まともなやり方では太刀打ちできまい。先手必勝を狙うしかなさそうだ。真上に跳び上がり、下半身を水平に保ち 両脚を開いてから、鋏のように交差させる。両脚の交差地点に相手の頭部があれば 鼻を…

寄生花

こめかみあたりに吹き出物ができた。と思ったら、芽になって花が咲いた。「でも、きれいな花で良かったわね」花が咲いた朝の、妻の慰めの言葉だ。髪の薄い中年オヤジの額に咲いた一輪の花。(まるで慰めになってないぞ)だが、花を摘むわけにはいかんのだ。…

クモの巣の家

帰国して帰宅したら家はクモの巣だらけだった。玄関ドアの鍵穴を見つけるのに苦労した。鍵穴から鍵を抜くと、クモの子が散った。真昼なのに、家の中は暗かった。天井から床までクモの巣に覆われていた。留守中になにが起こったのだろう。「どなた?」声がし…

女たちの謎

女たちが 恋占いをする女たちが クスクス笑う女たちが 爪を伸ばす女たちが 唇を舐める女たちが 嘘泣きをする女たちが 知らんぷりする女たちが 髪をかきあげる女たちが けだるく頬杖をつく女たちが 入念に化粧する女たちが キョトンとする女たちが 目を閉じる…

融合

ナースの肩に触れただけ。振り向いた唇を奪っただけ。「こら、なにやっとるか!」怒鳴りながら駆け寄るポリス。警棒が頭蓋骨にめり込む。まだ樹木だった頃の警棒の記憶。唇と唇の継ぎ目が消えた。「それ以上くっつくと撃つぞ!」ポリスの銃口が鼓膜で塞がれ…

笛吹きの森

ある山の麓に森があって 滅多にないことだが お山の方角から風が吹くと 美しい笛の音が聞こえる。それゆえ村の者は、その森を 「笛吹きの森」と呼ぶ。笛の音が聞こえたからといって べつになにか恐ろしいことや めでたいことが起こるわけでもないが そのまま…

泥の町

トタン屋根の雨音は 坊やの好きな子守唄 子宮の鼓動 古代の海に溺れてごらん 潮騒は遠すぎて 耳の貝殻 信じない ねじれて笑う 脱ぎ捨てたパジャマ 窓を開けたら みんな一緒 雨のひとしずく ざあざあ 楽しそうに 頭から 地面へ落ちてゆく 雨があがると 近所の…

戦いは終わった

戦いは終わった 勝者はいない 戦いは終わった 敗者ばかり 戦いは終わった それを悲しむ者はいない 戦いは終わった それを喜ぶ者もいない 戦いは終わった 安堵の声さえ聞こえない 戦いは終わった ただ吹く風ばかり元「koebu」とうぷさんが演じてくださった!…

大切なもの

それがなんであるか 説明するのは難しいのだけれど ともかく そのとても大切なものを 僕はあやまって壊してしまった。そのため僕はまるで 死んでいるみたいな気分になり その粉々になってしまった 大切なもののかけらを集めたり せっかく集めたそれらを 結局…

雨女

ここは 雨女の通り道 傘も持たずに 通しゃせぬ 濡れたくなけりゃ 早くお帰り 途中で会っても 知らんぷり 目を合わせちゃ いけないよ めそめそ泣いても いけないよ 同情なんか もってのほか 濡れるのは 雨のせい 通り過ぎるのを 静かにお待ち 寂しいだけさ 雨…

校庭の逆立ち

ぼくたちの学校は昔は学校でなくて 近くにあったお寺の墓地だったんだって。それで今ではお寺も墓もないけど いろいろとこわいうわさ話があるんだ。真夜中にろうかで泣き声を聞いたとか へいたいが歩いていたとかそんなの。そのひとつに校庭で逆立ちをすると…

亀沼

昔、この沼に一匹の亀がいた。沼から出たことのない臆病な亀は 頭さえ滅多に甲羅から出さなかった。蛇が首に巻きついたことがあって以来 首を伸ばすことができなくなったのだ。ほとんど動かないため 亀の甲羅に苔が生えてきた。茸が生え、やがて草まで生えて…

魔法の目薬

母親は魔女に違いない。 呪文を唱え、我が子に魔法の目薬をさす。一滴で、見えるものが見えてくる。二滴で、見たいものが見えてくる。三滴で、見るべきものが見えてくる。四滴で、見えないものが見えてくる。五滴で、見たくないものが見えてくる。六滴で、見…

雪の城

その年の冬は大雪だった。屋根から下ろした雪が屋根より高くなった。前年は、雪でスポーツカーをつくった。その年は、雪で城をつくる計画だった。しっかりと城の設計図まで書いた。方眼紙に定規を当てて書いた立派なもの。つくる場所は、家の裏の畑の上。も…

僕の彼女

僕が彼女と一緒に帰宅すると家にはすでに彼女がいた。家にいる彼女を見つめる。どう考えても僕の彼女だ。すぐ横にいる彼女を見つめる。まぎれもなく僕の彼女だ。「この女は誰?」やはり彼女は問い詰める。嘘をついてもしかたない。「僕の彼女だよ」「この女…

見知らぬ町

十二方位の十三番目 羅針盤さえ迷子の見知らぬ町見知らぬ町の広場には人影がない見知らぬ町の時計台には針もない見知らぬ町を見知らぬ商隊が通るラクダだけ商人の姿はないラクダの背には荷物もないそんな見知らぬ町で見知らぬ人を見たらそれは見知らぬ町の見…

ルロイ広場

ルロイ広場の夜はふけて 手招きするは 湿った月 あちらこちらの梢の先から 噴水みたく あふれるお酒 ほら あの娘が笑う ほら あの娘が踊る ルロイ広場の夜はふけて 焚火の上でこげる星 誰もかれも浮かれ騒ぐよ 笛と太鼓と足拍子 ほら あの娘が笑う ほら あの…