Tome文芸館 Annex

自作読み物を紹介。動画用朗読音声を常時募集。英訳はGoogle翻訳。

切ない話

石の地蔵

村のはずれも吹雪である。石の地蔵が二つ並んで立っていた。どちらも布を巻きつけただけの青紫の衣。腰あたりまで積雪に埋もれている。ふたつの地蔵はよく似ている。なんとも言えない表情。くぼんだ目の暗さが印象に残る。布の巻き方の違いによるのか右が男…

提案の果て

営業会議があり、開発チームとして参加。いくつかの提案が採用された。キャッチコピーとその文字色が好評だった。上司にも褒められ、ちょっと嬉しい。定刻となり、帰宅することになった。資料とともに仕事を持ち帰らねばならない。こうして優柔不断な日本人…

布団と座椅子

数人の仲間と街にいる。 駅のない駅前広場みたいな場所。 おれは、布団を2枚たたんで重ねた上に さらに座椅子を載せて座っている。 座り心地よく、大変らくちんである。 だが、これでいいのかという気持ちもある。 仲間の移動に合わせ、移動することになっ…

シジミ

シジミという名の黒い石がある。 大きさはそれくらいだが、貝ではない。 なにやら呪われているそうだ。 枕の下に置くと、夢に干渉するらしい。 それはともかく、別の部署に配属された。 デスクで男が悩んでいる。 名刺とクリップを合体させようとしている。 …

意識の高さ

彼は非常に頭の回転が速い。 なので、何事も先に行ってしまう。 「それどころではない」 頭の回転が遅い人を見殺しにしかねない。 「まったく意識が低すぎる」 彼にはそういうところがある。 「最後まで面倒見切れん」 なので、逆に周囲から見放されたりもす…

置いてきぼり

実家の二階にひとり。すぐ隣の家から兄の声が聞こえる。たしか兄の同級生だった女子の家だ。級友たちが集まって歓談しているのだろう。なんとも楽しそうだ。私は仲間に入れない。親しいと呼べる級友もいない。置いてきぼりにされた気分。子どもの頃、こうい…

思い出の墓参り

上京して住んだ江戸川区の下宿近くを歩いている。少し前、Google Earth のストリートビューで仮想的に歩いてみたが、どうもそれとは様子が違う。そこに残っていたのは、下宿の土台部分だけ。現在では別の新しい住宅が建っているはずなので実際に住んでいた頃…

終末期医療ケアへの意思表明書 (リビング・ウィル)

家族に書かせ、自分でも書いた書類の文面の一部を以下に残す。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~老いた私が意識を失う状態、または意識あっても意思を伝えられない状態となり 自分で身の回りのことができなくなった場合には 以下…

わからないまま

印刷工場からの帰宅途中、道路が工事中だった。どこを通れば問題ないのか、視界が悪く、しばし迷う。「おーい」私の名前を呼ぶ工場長の声が聞こえた。どうやら工場長が道路工事を監督しているらしい。路面の印刷にまで手を出したのだろうか。信じ難いものの…

気持ち優先

引き継いだ会社を倒産させた元社長が起業した。その新しい会社で働き始めたのだ。だが、いつまでも経営は苦しいまま。いくら努力しても採算ベースに乗らない。疲れたので「今日はもう帰ります」と伝える。すると、飲みたいのか、社長は先に帰ってしまった。…

劇は劇

かの演劇青年について考えていたのだ。これは大変なことになる。忘れてはいけない。メモしなければ。そんな印象を与えつつも 肝心の場面は舞台ごと消えてしまった。 所詮、劇は劇。 演じているうちが花なのよ。 「note」ひでさんが演じてくださった!Play is…

社内健診

社内で健康診断があるそうだ。 「コンタクトレンズの人は、ここで外してください」 そう言われ、レンズを外して受診しようとする。 ところが、外したレンズを入れておくケースがない。 とりあえず、キャップのフタでもなんでもいいから そこへ一時的に入れて…

身内の葬儀

身内の葬儀のようなのだ。しかしながら、誰であるかは判然としない。その証拠でもなかろうに さきほど動画化して投稿したばかりの 自作の読み物を朗読してくださった方がいらっしゃる。お会いしたこともなく、お顔もよく存じあげない。けれども、その人だと…

ブロンズ像

ある少年が学校を卒業する。ある競技の優秀な選手だったが 在学中の大会では十分な結果を残せなかった。そのため、ブロンズ像を受け取れない。この学校では、毎年ではないがごく優秀な卒業生にブロンズ像が授与されるすでに卒業した先輩が忠告する。「次があ…

母の死

実家の老母が亡くなった。歩行困難が進行し、隣の市に住む兄夫婦が世話していた。施設入居を拒み、訪問介護を受けながら雪国で独居。設置された動作センサーに反応ないため、異常発見。玄関は施錠され、最初に近所の駐在さんが勝手口から侵入。浴室の湯を張…

いらない余り

社内の飲み会の席のようだ。やや薄暗い店内で知人たちが談笑している。いくつか転職した会社の懐かしい顔ぶれ。会話する男同士、女同士、またはカップル。上司だったある男は女の子数名に囲まれ 面白おかしく社員たちの失敗談を語っている。「そこで彼は濡れ…

都会の真ん中

彼女のコード

彼にとって別れてしまった彼女は もう永遠に会えないほどの存在である。ただし、彼女の作品を得る手段はわずかながら残されていた。そのためにはコードとでも呼ぶのか 長い数字や記号の羅列を正確に示さなければならない。しかしながら、彼にはそのコードが…

ここにない

まもなく消え去るサイトについて考えていたのだ。 あのサイトの特殊性についてであったか 他サイトからのサイバー攻撃についてであったか。 窓の外では下校途中の学童らのおしゃべりが聞こえる。 そんなの関係ないと言わんばかり、にぎやかな声。 そのせいか…

夕暮れ時に踊れない

クルマのない駐車場を連想させる場所。そろそろ夕暮れなのか、あたりは薄暗い。僕たちは流行のダンスの練習中。同じ振り付けの動きを全員でやる。しかし、暗くて他の人の動きが見えない。目が悪いから近づいてもよく見えない。ああ、またか。いやになる。力…

こえ部への謝辞

私たちはあなたがたに感謝します。音声専門のコミュニティサイト 「こえ部」を立ち上げてくださった事。お題からの声投稿、コメント、フォローなど 親密な相互連絡システムを構築してくださった事。BBS、LIVE、サークル、プレイリスト、ランキングなど 数多…

ロボ子

アタシはロボ子。ロボットの女の子。しかも、試作品。はっきり特定できないけど どこか壊れてるみたい。なかなか期待値に届かないし 最善の手段も見出せない。なぜか、いつまで経っても 学習深度は浅いまま。要するに、欠陥品なの。廃棄処分の寸前よ。でもね…

雀の涙

昔、あるところに 一羽の雀がいました。まだ生まれたばかりのほんの小さな雀でした。ある日、この雀が村の子どもたちにいじめられました。とてもひどいことをされたのです。 雀は悲しくなって とても大きな声で泣きました。でも、その涙は少なくて ほんの雀…

火の山

火の山は怒りに我を忘れていた。黒煙を噴き上げ、赤い溶岩を垂れ流す。地響きと地割れ、燃える岩が転がり落ちる。撒き散らされた灰が視界を閉ざす。地中深く溜まりに溜まったもの 押し潰され踏み潰されたもの 積年の虐げられ続けた諸々が うっぷんを晴らすか…

集いし民の祈り

クリスチャンでもなんでもないが 上京したばかりの頃、近所の教会に足を運んだことがある。(まさか取って喰われはしまい。なにごとも経験さ)まだ学生で、好奇心旺盛だった。 「クリスマスの夕べ」だったか その類の集会ポスターに誘われてみたのだ。(あっ…

モグラの問題

見えないことが問題ではない。ずっと昔、決断してしまったのだ。見えなくなってもいい、と。深海魚だって同じ決断をした。そんなことはどうでもいいのだ、今さら。問題は地中生活が難しくなったこと。どうにも掘れないような硬い土が増えた。そのため獲物が…

豚の武士

往来を歩いていると 刀の鞘(さや)を足蹴にされた。「無礼者!」と斬り捨てようとしたら 武士の魂たる刀がなかった。鞘の中身は竹光(たけみつ)である。魂なき入れ物だけ飾っておれば 侮辱されるは武士として当然の報い。そもそも斬り捨てようがない。食うに…

野菜の路上販売

その町には商用で訪れたはずなのに なぜか故郷の町になっている。丁字路のような場所で野菜が売られている。スイカやカボチャ、長ネギや白菜など。舗装された路上だが、クルマが通る気配はない。一台の一輪車の上に大きなキャベツが一つ。 ところが、よく見…

猫の魔法瓶

ある寒い冬の夜、ある交差点において 大型トラックの窓から魔法瓶が捨てられた。それを拾ったのはホームレスの乞食。魔法瓶が欲しかったのだ。乞食が栓を抜くと 魔法瓶の中から仔猫が出てきた。なんということはない。魔法瓶ごと捨て猫だったのだ。乞食には…

四幕の劇

【 第一幕 】彼は、若い浮浪者を演じていた。破れた衣装、汚れた手足、怯えた顔、初恋。 【 第二幕 】彼は、凄腕の泥棒を演じていた。猫の眼、犬の脚、兎の耳、金庫の扉、銃声。 【 第三幕 】彼は、退屈な富豪を演じていた。広大な庭園、白亜の大邸宅、跪く…