Tome文芸館 Annex

自作読み物を紹介。動画用朗読音声を常時募集。英訳はGoogle翻訳。

切ない話

紙ヒコーキの手紙

初めまして。まず、ありがとうございます。これを拾ってくださって。そして謝ります。なんと言っても、ゴミの不法投キですものね。さらに開いて読んでもらえたら、とても嬉しいな。この手紙を書き終えたら、ヒコーキの形に折って どこか高いところから飛ばし…

珍しい生き物

ねえ 珍しい生き物を見たくないかい? その変な鳴き声とか その特有の動きとか えっ? 興味ないの? ふーん そうなんだ よく知っているものにしか 心が動かないんだ ううん ちょっと意外だっただけ それにその生き物が ちょっとかわいそうな気がするだけ 自…

革命はなかった

我々は互いを「同志」と呼び合い、革命の機会を狙っていた。ただし、血なまぐさい政治革命ではない。産業革命やIT革命でもなく ましてや宗教改革ではあり得ない。たとえるなら、ルネッサンスに近いだろうか。既存文化を破壊する軽率な文化大革命ではなく 文…

袋の鼠

飼っていた鼠を一匹、紙袋に入れたまま 駐輪場の自転車の前カゴの中に置き忘れてしまった。曇りか、まだしも雪でも降れば良かったのだろう。真冬に晴れたものだから、昨夜はひどく冷え込んだ。翌朝、紙袋の中で、鼠は凍死していた。もうカチカチで、完全に凍…

粘土の恋人

とても美しい恋人がいる。誕生日にプレゼントするため 彼女そっくりの人形を作るつもり。きっと彼女は喜んでくれるはず。「どうして、そんな目で私を見るの?」「だって、君がきれいだから」驚かせるため、本人には秘密。こっそり制作を続けた。誕生日の前夜…

段ボール箱

彼女は段ボール箱なのだった。宅配便とかで届いた荷物の梱包材を捨てもせず 部屋の片隅に溜めておいたら、生まれてしまったのだ。「困るなあ」僕が呟くと 「そうよね。困るわよね」波状の断面をゆがめ、彼女は悲しげな顔をした。途端に心がざわつく。「いや…

カオルちゃん

カオルちゃんが教会でオルガンを弾いています。その美しい調べは聴衆をウットリさせます。この曲は小さなカオルちゃんが自分で作りました。カオルちゃんはうまく喋れません。学校にも通えないくらいです。でも、音楽の才能はたいしたものです。どんな曲も一…

星降る夜

大きな星だった。「あれが落ちてくるの?」「うん。あの星が落ちてくる」「どこかに逃げられないの?」僕が問いかけるとお父さんは静かに答えてくれた。「逃げられるけど、どこに逃げても同じらしいよ」「お父さんは、こわくないの?」「こわいよ。こわいけ…

けもの道

けもの道に迷ったあげく 青年はけものになってしまった。爪を立て、牙をむき、血に飢えた眼。笑顔を忘れ、優しさは微塵もない。青年には恋人がいたが 彼女が手紙を出しても返信はない。消息の途絶えた青年を探して やがて彼女もけもの道に分け入った。しかし…

別れの時

「別れましょう」君は切り出す。「なぜ?」僕は尋ねる。「飽きたの」君は正直だ。「秘密がある」僕は嘘つきだ。「興味ないわ」君は正直すぎる。「殺す」僕は卑怯だ。「勇気ないくせに」君は鋭い。「別れよう」僕は諦めた。「ゆっくり生きる」はるさんが動画…

もう会えないかもしれない

「それじゃ、元気でね」彼女の細長く形良い背中は 少し離れて恋人だった男の無骨な背中と並んで さびれるばかりの駅前通り商店街の歩道の向こうへ 小さくなって消えようとしていた。彼らが別れることになると言及された結末は それほど僕の慰めにはならなか…

煙の底

あの頃、僕たちは煙の底で蠢(うごめ)いていた。彼らが振動させる濁った空気を鼓膜に受けながら それとは別のなにかを聴こうとしていた。あるいは現実に存在しないのかもしれないけれど どこかにあって欲しいと切実に願うもの。わかったようなわからないよう…

割れそうな恋

恋がダメになるとか 壊れるとか いろいろ申しますけど じつは恋 もともと割れておるのです。なにかの加減で たまたま くっついているだけ。永久磁石じゃなくて 電磁石。電気流れにゃ ただの石。(逆に流れりゃ 反発だってするかもね)だから恋は儚くて なか…

待ちかねて

いつか来るはずの恋人を待っていたらそのうち若くなくなり、やがて老いてしまった。まあそれはそれとしてあんた、いまさら来られても困るな。「ゆっくり生きる」haruさんが動画にしてくださった! I Can't Wait When I was waiting for my lover To come som…

ルル

ルルという名の女の子の話だ。 あの頃、僕もまだ男の子だった。 もうルルには二度と会えない。 会えたとしても、もうルルじゃない。 どうして別れてしまったんだろ。 ルルの写真は一枚も残っていない。 だから肖像画を描いてみたりする。 でも、いくら描いて…

もみじ

「もみじ」という名の喫茶店があった。店内の壁に額縁が飾ってあった。ありふれた水彩の風景画だった。その絵は毎週土曜日になると変わった。近所の貧乏画家が差し替えるのだ。一枚で一週間、コーヒーが飲める。それが店主と画家との約束なのであった。「そ…

人形使い

狭いながらも会場は満員。観客はじっと舞台を見つめている。舞台では人形使いが人形を操っている。「それにしても、きたない人形だな」「ふん。おまえの下着ほどじゃないさ」「おれの下着、いつ見たんだ?」「ふん。見なくてもわかるさ」「比べてみるか?」…

父と母

父が台所で料理をしている。フライパンの上で卵焼きを作り その上に切り揃えたほうれん草を載せ さらに全体を筒状に丸めようとしている。なかなかおいしそうだ。だが、父の料理姿など見た記憶がない。そもそも父は亡くなったのではなかったか。いつの間にか…

砂の城の姫

ひとり、小学校の砂場で遊んでいた。砂を寄せ集めて城を作るつもり。なかなか立派な城ができそうだ。城の中には美しい姫が幽閉されている。敵国からさらわれてきたのだ。姫は王子を待っている。きっと白馬に乗ってやってくるはず。(それは僕だ。お姫様を助…

さびしい

秋でもないのにさびしくなってしまった。やり切れない気分。うまく説明できない。三階のベランダから飛び降りてみた。スタントマン顔負けの見事な着地。少し気がまぎれたけど、それだけ。銀行強盗もやった。単独で成功した。もともと失敗するはずがないのだ…

殺し屋

やらねばならないのにやれない時がある。してはならないのにしてしまう時もある。そういう時が殺し屋にもたまにはある。あいつを殺さなければならなかった。生かしておく事は許されない。選択の余地などなかったのだ。なのに俺はどうしても殺せなかった。殺…

木登り

私は探していた。太くて丈夫そうな木を。そして、とうとう見つけた。これはまた、随分と背が高い。枝ぶりも立派だ。登りたいくらいだ。無理だろうな。もっと若かったら・・・・ おや、誰か登っているぞ。あんなところまで。まるで猿みたいだ。小さな子猿。「やー…

おしゃべりな花

路傍に咲く可憐な花だった。「お願い。あたしを摘んで」そうつぶやいたような気がした。根こそぎ抜き、家に持ち帰った。すぐに小さな鉢に植えてやった。「ありがとう。救われたわ」可憐な声で花がしゃべった。「あそこ、土ぼこりがひどかったの」その花には…

海の墓場

海の底にいるのに息は苦しくない。おそらくエラ呼吸でもしているのだろうよ。エラがあるかどうかは知らないがな。おれは難破船と難破船に挟まれて身動きできない。すでに物心ついた頃から挟まれていた。いつ物心がついたのか忘れたがな。ここは日光さえ届か…

腕相撲

見知らぬ女の子が笑っている。「ねえ、腕相撲しようよ」断る理由が見つからない。向かい合ってテーブルに肘をつく。互いの手と手を組んで構える。彼女の小さな手。腕も細い。どう考えても勝負は見えている。「こっちは二本指でやる」僕は薬指と小指の二本だ…

美しい髪

その昔、たいそう美しい髪の女がおりました。流れるごとく滑らかな黒髪だったそうです。「そなたの髪は天の川より美しい!」などと人々は褒めそやすのでした。ところが、この女は若くして亡くなりました。その長く美しい髪をみずから切り それを結んでつない…

いらない少年

その家庭において少年は、自分が 必要とされていない人間だと感じていた。もしも今、自分がいなくなれば この家庭はもっと明るくなり もっと快適な状態になるに違いない。そんな気がするのだった。自分は家族の誰にも愛されていない。いらない子どもなのだ、…

鬼は誰?

目隠しされて 「鬼さん、こちら。手の鳴るほうへ」君の声がする。その声のするほうへ手を伸ばす。でも、届かない。一歩、二歩、進んでみる。三歩、四歩、まだ進む。それでも届かない。「鬼さん、こちら。手の鳴るほうへ」その声は、君? 「どこにいるの?」…

家出

「そんな子はうちの子じゃない。 出て行きなさい!」母に怒鳴られ、僕は家を飛び出した。西山の向こうへ陽は沈もうとしていた。その夕陽を追いかけるように僕は歩いた。(僕は悪くない。間違ってなんかいない!)母があとをついて来ているのは知っていた。振…

小指の約束

「ほら、きれいな淵だろ」「深そうね。きっと浮かばれないわ」「まず沈まないことにはね」「なに言ってるの?」「さあね。寝言かな」「魚になった夢でも見ているの?」「そう。二匹の魚が泳いでいるんだ」「そのうち一匹の魚は、私?」「そうだろうね」「溺…