Tome文芸館 Annex

自作読み物を紹介。動画用朗読音声を常時募集。英訳はGoogle翻訳。

2012-01-01から1年間の記事一覧

いじめ

「お願いがあるの」かわいらしい少女でした。「はい。なんでしょうか」「いじめて」天使のようにほほえむのです。「あたしをいじめて欲しいの」僕は返事に困りました。「それはまた、どうして?」「どうしても」「どうしても、と言われても」「あたし、いじ…

異国で迷子

わき道に入ったら迷子になった。近道のつもりが遠まわりになり 角を曲がるたびに道幅が狭くなるのだった。見慣れぬ光景が次々と目に入る。カエルの干物を売る店、カメの甲羅を頭で割る男、飾り窓から尻を突き出す厚化粧な女。見知らぬ異国の街なので まった…

道端の彫刻

殺人事件が発生した。被害者の死体は彫刻の前で発見された。その彫刻は辺鄙な村の農道の端にあり 抽象的というか幾何学的な形状をしていた。なにを意味しているのか、まったく不明。また、なぜこんな道端に彫刻があるのか 村人も役人も誰も知らないのだった…

動物の絵

イヌが一匹 街中を歩いていた。あっちへ行ったり こっちへ来たり。飼い主の姿は見えない。なんとも挙動不審 迷っているみたい。あっ、なにか見つけたのかな。すごいスピードで走り出した。あぶない。壁にぶつかる! と思ったら 壁に吸い込まれた。信じられな…

風まかせ

彼女は女の子で僕の恋人でもなんでもなくてもちろん片想いの相手でもなくてそのへんにごく普通にいるようなただの薄っぺらい女の子に過ぎないんだけど、それでもあんまりにも薄っぺらいもんだからもうちょっとでも風が吹こうものならあっちへフラフラこっち…

街角の少女

「こらっ! 酒を買ってこんかい!」親父が怒鳴る。「おカネないよ」娘がつぶやく。「なんか売ってカネにしろ!」「売れるもの、なんにもないよ」「おまえのカラダを売ればいいだろが!」それで娘は家を追い出されてしまった。夜の街角に立つ少女。冬の冷たい…

踏んだ朝

(ああ、踏んじゃった!)出勤途中、いやなものを踏んでしまった。近眼乱視のくせにメガネをかけないせいだ。ガムじゃなかった。犬の糞でもなかった。なんと言えばいいのかよくわからないけれどもとにかく、それをしっかり踏んでしまった。急いでいたので確…

クニオ君

昼休みの教室。同級生のクニオ君が僕の肩を叩いた。「ちょっといいかな」そのまま僕の隣の席に腰かける。返事は必要ない。クニオ君は普通の少年ではないから。彼は他人の意識を意識できる。つまり、人の心を読む超能力者なのだ。大人びているから、とても同…

つる草

森に分け入った若者が道に迷った。歩き疲れ、すっかり希望を失い ここで死ぬのだ、と若者は覚悟した。そこへ美しい女が現れ 森を抜ける道を若者に示した。すぐに若者は恋に落ちた。けれど女の反応は冷たかった。「私は森の女。一緒にはなれません」それでも…

ヘビの論理学

AがBよりも強く BがCよりも強いなら 一般にAはCより強いとされる。だが、成立しない場合がある。たとえば、ジャンケン。グーがチョキに勝ち、チョキがパーに勝ち、なのにグーはパーに負けてしまう。これは、三匹のヘビがいてヘビAがヘビBの尻尾を噛…

冬の花火

花火セットを友人が捨てるという。花火大会をしようと買ったのだが夏に使う暇がなくて、もう季節は冬。花火が家にあるのは危険かもしれない。だが、そのまま捨てるのはもっと危険だ。「社会人として行動に責任を持つべきだ」そのように主張した結果として花…

狭い通路だった。両側は頑丈な石の壁。人ひとりがやっと通れる幅しかなかった。俺の前には人の列が延びている。この列は俺の後ろにも延びている。後ろにいる者から背中を押される。そのため、前にいる者の背中を押してしまう。前にいる押された者が、さらに…

人形の館

森の奥で迷子になった。すぐに夜の闇に囲まれてしまった。森には魔物が棲むという。一緒だった弟ともはぐれてしまい、ひとりでは心細かった。きっと弟も迷っているはず。もう魔物に食べられたかもしれない。怖かった。立ち止まるのが怖かった。やがて、闇の…

下宿の思い出

田舎の高校を卒業して、上京。江戸川区平井の下宿で独り暮らしを始めた。大家である老夫婦が一階の半分に住み 一階のもう半分と二階に下宿人が住んでいた。便所と流しは共同の四畳半で、家賃は月9,000円。風が吹くと揺れるような古い木造のボロ下宿だった。…

ひなげしの花

ひなげしの花咲く丘の上、空高く跳び上がる少女たち。みんなみんな頭に風船をつけている。スカートのすそを押さえながら花びらみたいに降りてくる。着地すると、ふたたびジャンプ!みんなみんな楽しくてたまらない様子。さびしそうな少年がもの欲しそうに見…

たずね犬

行方不明の犬をさがしています。大きな黒い犬で、名前はクロと言います。普通の犬よりからだがずっと大きくて去年、競馬場の近くまで連れていったら首輪をはずして逃げてしまって馬を一頭食べてしまったことがあります。山でひろったときは子犬だったのです…

捨て熊

自宅の門の前で、段ボール箱を見つけた。「すみません。この熊の子をよろしく」段ボール箱の側面にマジックで書いてあった。つまり、捨て熊である。迷惑この上ない。私は段ボール箱を拾い上げると こっそり隣家の門の前に移動しておいた。ところが、幼い息子…

地雷

ここは戦場。しかも最前線。地雷地帯の真ん中であった。走って逃げ損ねて爆死した奴。一歩も動けずに餓死した奴。それら屍を踏んで進む奴。いろんな兵士がいるのだった。その若い兵士は臆病者だった。だが、野心家でもあった。少しずつ地面を掘りながら前進…

思想警察

もうどうでもいい。なんとでもなれ!そう思った瞬間、思想警察が現れた。「危険思想家として逮捕する!」恐ろしい転向銃を持っている。やれやれ。いやな世の中である。「体制批判は許さん」意識盗聴器が室内に仕掛けられてるらしい。同志に密告されたのだろ…

家に帰ろう

夜遅く、迷子になってしまった。なぜか自分の帰るべき家が見つからない。新興住宅地に外観の似た家が軒を連ねているという事情はある。自分がしたたか酔っている、という事情もある。しかし、それにしても、なんだかおかしい。いつものように帰宅して 鍵が掛…

雪国の思い出

生まれも育ちも雪国なので 雪にまつわる思い出など。日本そして世界有数の豪雪地帯なので 冬になると積もった雪で電線をまたげた。ブルドーザーが道を作ると 自分の身長の三倍くらいの高さの雪の壁ができた。その壁に穴を開けて 玄関までトンネルを掘ったり…

逮捕されて

警察官らしからぬ男だった。そいつには顔がなかった。長い髪に隠れて見えなかったのだ。「無駄な抵抗はよせ。おまえを逮捕する」手錠をはめられた。「はて? 罪状はなんでしょうか」とりあえず質問してみた。「罪状を知らぬとは重罪だ。連行する」そのまま見…

岬の風

去年 君を突き落とした岬の崖に今年 風力発電所が建つという。波力発電所でなくて 本当に良かった。 自作自演。 Cape WindIt’s said that a wind farm will be built this year on the cliff of the cape where I threw you down last year.It was really go…

ゼブラの廊下

下宿の廊下の奥に灰色の猫がいる。暗くてはっきり見えないがふたつの小さな眼が金色に光っている。あいつに入られたら、追い出すのは大変だ。引き戸を開けると同時に部屋に滑り込み、すばやく戸をピシャリと閉める。けれど、あまりにも建物が古かった。引き…

誰もいない

静かな 静かな 月の砂漠 誰もいない たまに隕石が落ちて 砂が舞う でも それだけ 誰もいない ある日 青い星が光って 灰色になる でも それだけ やっぱり誰も 誰もいない 「ゆっくり生きる」haruさんが動画にしてくださった!元「koebu」田辺千鶴さんが演じて…

おもいで川

おもいで川はいつも暗く深く澱んでいる。土手に立ち、ぼんやり眺めていると 壊れた人形や別れた知人が流されてくる。川面にはいつも濃い霧が立ち込めている。そのため向こう岸の風景はほとんど何も見えない。おもいで川の途中にはとても古い橋が架かっている…

シーソー

図書館を連想させる広い部屋には 幼くてかわいらしい二人の姉妹。なぜか私は家庭教師の立場にあるのだが 彼女たちは扱いやすい生徒とは言えない。なんでも勝手に二人で始めてしまうのだ。「さあ、シーソーを作りましょう!」唐突に提案しながら 姉が柱のよう…

古井戸

もう誰も住まない古い屋敷があった。もし住んでいるとしたら幽霊くらい。高い塀に囲まれ、庭は広かった。その荒れ放題の庭の片隅には古井戸。石造りの丸く暗い穴。どんなに深いか想像もできない。小石を投げても落ちた音がしない。穴に叫んでも木霊は返って…

あの子が欲しい

あの子が欲しいあの子じゃわからんこの子が欲しいこの子じゃわからん誰でもいいやどこ欲しいあそこが欲しいあそこじゃわからんここ欲しいここじゃわからんどこでもいいやどうするつもりあんなことするのあんなことじゃわからんこんなことするのこんなことじ…

レム

レムは、宇宙の幽霊みたいなもの。物質ではない。存在しないものでもない。うまく説明できないなにものかである。しかし、レムは言う。明らかに存在するもの惑星や、そこに棲む生物の方こそあやしい、と。宇宙そのものを含め、なにも存在しなければすっきり…