Tome文芸館 Annex

自作読み物を紹介。動画用朗読音声を常時募集。英訳はGoogle翻訳。

2014-05-01から1ヶ月間の記事一覧

眠れない羊飼い

あるところに 不眠症の羊飼いがいました。羊毛みたいな白いヒゲがご自慢の この老いた羊飼いの悩みの種は 眠れないことでした。「眠れない夜は 羊を数えると 眠れますよ」近所の奥さんが そう教えてくれました。「わしは毎日 羊を数えておるよ。 それが わし…

大きな犬小屋

とても大きな犬小屋がありました。小屋とは呼べないくらい 大きくてその中に 庭があるほどでした。人の住む家も たくさんありました。川まで しっかり流れています。山だって 立派にそびえています。犬は? もちろんいます! ちゃんと 冬の南の夜空に 輝いて…

白い仔馬

大晦日(おおみそか)の夜、白い仔馬(こうま)が 村にやって来ました。とても不思議な 仔馬でした。わた雪のたてがみ、氷柱(つらら)の脚、雹(ひょう)の目、そして 雪紐(ゆきひも)の尻尾をふり、吹雪(ふぶき)のように駆けるのでした。仔馬は 小さな村を ぐるぐる…

町のイノシシ

ある町に 一頭のイノシシが住んでいました。イノシシは イノシシなので イノシシらしく まっすぐ走りたいのですが 人に怒られたり 建物の壁にぶつかったり たいそう痛い目にあうので イノシシらしくないな と思いながらも 仕方なく ゆっくり曲がって歩くよう…

ヘビの道

あるところに ヘビの道がありました。この道は たくさんのヘビが くねくね 這ってできた道なので くねくね くねくね 曲がっているのでした。で、この道がどこへたどり着くのか というと あっちへ曲がったり こっちへ曲がったり また もとに戻ったりして 結局…

宝の隠し歌

青い星と赤い星とが 重なる夜ぞ 鎌(かま)捨て池の穴から覗き 鋸(のこぎり)山の方角ぞ 白い背の双頭の竜が 崖登る 右の岩には 腕なき天女 左の岩には 首なき天女 二人の胸に挟まれば 竜の口ななめに開く 牙を折れば 喉が裂け 髭を折れば 口閉じる 盲目の六匹…

小さな滝

この小川を遡(さかのぼ)ると やがて小さな滝にぶつかる。そこは岩々が膝を立て 今にも倒れそうな崖になっている。崖の中腹にはススキが生え やわらかい穂先が風にゆれている。そして、ススキの根元の岩の割れ目から清水が湧き出ている。その透明な水は岩間に…

地下帝国

火山灰たちのうわさによると地下帝国の総統閣下がご立腹とのこと。「地上の輩(やから)は、わが地下帝国の 貴重なる天然資源を盗んでおる」蛍石に照らされて総統閣下の眉間のしわは暗く深い。「地上の愚民どもは、 わが地下帝国に 有害産業廃棄物を捨てておる…

恥ずかしがり屋

ええと あのあの すみません じつは その あたし 恥ずかしがり屋 なんです ええ そうなんです とっても とっても 恥ずかしがり屋 なんです あら いやだわ 恥ずかしい 困ってしまうわ そんなに見ないで ますます 恥ずかしく なっちゃうわ あたしって いつでも…

爪を切る

爪を切る のびてくるから 爪を切る ひっかかるから 爪を切る みっともないから 爪を切る あぶない いらない じゃまだから 爪を切る かくせないから 爪を切る ひっかけないから 爪を切る することないから 爪を切る 切る 切る 切る 切る 爪を切る 自作自演。 …

暗い地下道

あなたは暗い地下道をひとり歩いている。壁に反響するため、あらゆる方角から靴音が響く。ふと、子どものすすり泣きの声が かすかではあるが聞こえたような気がした。あなたは立ち止まる。立ち止まってもしばらくは靴音が響く。ここからでは子どもの姿は確認…

綱渡り

綱渡りが綱から落ちるのは失敗じゃない。むしろ、落ちないことこそ・・・・ 白痴みたいに口を開けたまま 上空を見上げる観衆。「それにしても勇気あるな」「ふん。狂ってるんだよ」「普通の人には絶対できないぜ」「だから、狂ってるんだって」観衆が見たいのは…

つぼみ

こんな草、見たことない。すてきな草だけど、誰も知らない。きっと花が咲いたら、わかるはず。やがて、つぼみがついた。みんなの期待もふくらんだ。ある朝、ついに花が咲いた。「だめよ、だめだめ。 見てはいけません!」母親は我が子の目を両手でおおった。…

テラスとベランダ

背の高い洋館の一階、横長のテラス、ここで人を待っている。テラスにはもう一人、若い女がいて やはり人を待っている様子。もっと人が集まる予定だったが 目論みは見事にはずれ いたずらに時間ばかり過ぎてゆく。「九官鳥にもほどがある!」そんな声がどこか…

天空の将軍

暗黒の雲に隠れ 天空に浮かぶ伝説の要塞。黄道、白道、または 地磁気に沿って浮かび漂う。その支配者、神の如き将軍。不老不死、不笑不悲。本日、おそれ多くも将軍の 第一千回目の誕生式典。雷鳴は荘厳なる祝砲。稲妻は華麗なる花火。飲んで歌え。酔って踊れ…

天使の片翼

浴室に置かれた天使の彫像に向かって 俺は立ち小便をしている。彫像は砂岩できているのか わずかな水圧でボロボロ欠けてしまう。浴槽の縁には大男が腰を下ろして 熱心に黒い革靴を磨いている。大男の足もとに天使の白い片翼が落ちた。それを拾うつもりで屈ん…

殺生石

そなた 殺生石(せっしょうせき) 飛ぶ鳥落とし 寄るおのこ堕とす 白面金毛(はくめんこんもう) 九尾の狐 今宵 コンと鳴かば しかばねの 累々たる惨状ぞ われこそ陰陽師(おんみょうじ) の輩(やから)など 見抜いたと 逆に見抜かれ 紙の人 撫でられ 吹かれ たばね…

時計のない部屋

壁の色は白く、天井は黒い。床の色は思い出せない。部屋には男と女がいる。男はおれ、女は鼻の先。向き合うふたり。さて、これから何をするつもりなのか。おれの頭は酒と薬でいかれてる。状況が飲み込めない。「あなた、脱がしてくれないのね」意味ありげに…

隣の寝室

今まで気づかなかった。僕が寝ている部屋は寝室なのだけれど じつは、この隣の部屋も寝室だったのだ。なぜなら夜中にすすり泣く女の声が聞こえる。ゆらゆら揺れる白いカーテンの向こう側は てっきり窓の外の風景だとばかり思っていた。なのに、僕の枕もとか…

届かぬ手紙

どうやら私は手紙を待っているようなのだ。そして、木造アパートの住人であるらしい。自分個人の郵便受けを覗いてみると 数通の手紙が入っている。だが、どれも待っていた手紙ではなさそうだ。共同の、と言うか、大家の郵便受けもあり 申しわけないとは思い…

プロレスラー

プロレスラーともめている。こいつと争ってはいけないのだ。どう考えても分(ぶ)が悪い。しかし、つい手が出てしまうのだ。ああ、いけない。たった今、軽くではあるが顔面にパンチを入れてしまった。やはり相手は怒っているようだ。今にも殴り返そうとしてい…

図書室

歴史は乱れた順番で並んでいる。地理における国境はあいまいだ。科学技術は本棚からあふれている。哲学と宗教はほこりに埋もれている。文学は陳腐化し、政治は硬直化している。ある高校のありふれた図書室の風景。本棚のかげに女子生徒がひとり。その真剣な…

こんな人

どうして どうして こんな人がここにいるのだ こんな こんな どうでもいい人 こんな こんな どうしようもない人 よりによって こんな人が こんなところに いるなんて うそだ うそだ 信じられない なんにもわからず ただ ただ ここにいるだけの人 なにひとつ …

土蔵の中

古い屋敷の裏庭は林になっていた。その奥に土蔵があり、少年と少女が監禁されていた。少年は明かりとりの窓を見上げていた。ただ黙って見上げていた。窓の下では少女が本を読んでいた。少女は読書が好きなのだった。書物と食物には不自由しない。毎日、番人…

てんびん

ここに一台のてんびんがある。どんなものでも比べられるのだそうだ。ただし、形のあるものでなければダメ。たとえば愛と勇気なら それを結婚指輪と剣に置き換える。断っておくが、質量を比べるわけではない。その人にとっての価値の重要度みたいなものだ。だ…

逆さ虹

一緒に虹を渡りたい と君は言う。 地に足つかない虹でも かまわない とさえ言う。 嬉しいよ。 とっても嬉しい。 ほんと 泣きたいくらいだ。 だけど、君。 されど、僕。 僕が渡る虹は 天地逆さまなのさ。 ほらね、見てごらん。 しっかり空に足がついている。 …

忘れた頃に

忘れているような気がする。なにか大変なことを。「なんだっけ?」「知らないわよ」そりゃそうだ。唐突に尋ねてもな。「わし、なにか忘れてるみたいなんだよ」「あんた、みんな忘れてるじゃない」ああ、そうか。「そう言えば、あなた、どなたでしたっけ?」…

引き返せない

引き返せない。そう思い込んでいるのは あなたであって じつは引き返せる。ルビコン川を渡っても カエサルは戻ることができた。実体のない国境を意味する チンケな川である。ただ、実際に 軍隊を率いて渡ってしまった以上 もう状況として 戻りたくなかっただ…

そんなこと言ったって

物事には多くの側面があり、まだ未知の領域が残されているかもしれない。だから、集めた情報が正しいとは限らず 考えた判断が正しいとは限らない。なので、疑いもせず断言するのは 理性的に考えておかしい。数学の証明にしても同様であろう。証明したと思っ…

お邪魔します

妻の部屋に侵入した。まずは挨拶。「お邪魔します」妻が返事をする。「あら。夫婦なのに水臭い」おれは用件に入る。「では、金を出せ!」右手には拳銃。「あんまりよ」妻は財布からコインを取り出す。おれは首を振る。「札にしろ」「無理よ。家計が苦しいの…