Tome文芸館 Annex

自作読み物を紹介。動画用朗読音声を常時募集。英訳はGoogle翻訳。

2013-06-01から1ヶ月間の記事一覧

デスクの胸像

オフィスを出ようとしていたら 女子社員のひとりに呼び止められた。「これ、素敵ね」彼女のデスクの上に胸像が置いてある。それをボールペンの先で示しながら 彼女は感心したような表情。石膏を削って表面に着色したもの。彼女の姿形に似せて僕が作り 僕が彼…

忠告

殴られた記憶がある。かなり昔の話だが忘れてはいない。殴られたら誰だって痛い。誰だって痛いから、誰だって 相手の痛みを想像できないはずはない。それなのに相手を なぜ殴る事ができるのだろう。自分がされて困る事を相手にする人は まったく理解に苦しむ…

父と母

父が台所で料理をしている。フライパンの上で卵焼きを作り その上に切り揃えたほうれん草を載せ さらに全体を筒状に丸めようとしている。なかなかおいしそうだ。だが、父の料理姿など見た記憶がない。そもそも父は亡くなったのではなかったか。いつの間にか…

チケット返せ

海岸なのに海は見えないのだった。大男が大きなオートバイに乗り 砂浜を颯爽と横切ろうとしている。心配していると、やはり横倒しになった。水着の女たちの大袈裟な悲鳴が聞こえる。それからどうなったのか あまり気にせずハンバーグ屋へ入る。じつは違うの…

旅人

夕闇の荒野をひとり くたびれた旅入が歩いていた。遠く人家の灯りが見える。頼めば泊めてもらえるかもしれない。不用心な事にその家の玄関の扉は開いていた。見知らぬ家族が食卓を囲んでいる。老婆がうなずく。「おかえり。遅かったね」若者が立ち上がる。「…

煙草の幻覚

若い頃、煙草を吸いすぎて気持ち悪くなり、目を閉じて項垂れていたら幻聴が始まった。遠いざわめきのようなかすかなノイズが次第に近く大きくなり、はっきり言葉にならないものの大勢に囲まれて罵倒されているような声になる。無理に言葉にすれば、こんな感…

退屈な女

真夜中、見知らぬ女が訪れる。「助けて。退屈のあまり死にそうなの」なるほど、そんな顔をしている。こちらも同じく退屈していた。(どれ、この女を救ってみようか)しばらく考えてから提案してみた。「ふたり、抱き合ってはどうか」しかし、女は深く溜め息…

空耳

クルマは高速道路を走っていた。「えっ、なに?」返事がなかった。「なんだよ?」やはり返事がないのだった。おれは不安になってきた。「あのさ、なにか言わなかった?」「なにも言ってないわよ」「おかしいな」「私の声が聞こえたの?」「うん」「空耳よ」…

潜水艦

意識の底へ沈もうと思う。潜水艦に乗って 深く深く・・・・ まずハッチをしっかり閉める。水漏れは死を意味する。二度と浮上できなくなる。小さな丸窓から意識の海が覗き見える。ありふれた欲望や不安の魚が泳いでいる。光が失われてゆく。サーチライトを点ける…

砂の城の姫

ひとり、小学校の砂場で遊んでいた。砂を寄せ集めて城を作るつもり。なかなか立派な城ができそうだ。城の中には美しい姫が幽閉されている。敵国からさらわれてきたのだ。姫は王子を待っている。きっと白馬に乗ってやってくるはず。(それは僕だ。お姫様を助…

ストリッパー

いかがわしい音がホールに鳴り響き、あやしげな光が舞台を照らし出す。やがて美女の登場。「脱げ! 脱げ! 脱げ!」はやしたてる粗野でわがままな観客たち。踊りながら一枚一枚ゆっくりと衣装を脱いでゆく女。そのなまめかしい姿態、そのいやらしい表情。彼…

水葬

水槽の中、尾びれを振って泳いでいる。エラ呼吸なんかして、ほとんど魚だ。水槽の外では好奇な眼が光っている。ゴクリと喉を鳴らす人々の気配をガラス越しに感じることさえできる。人魚の泳ぐ姿が珍しいのだろう。なにしろ伝説の生き物なのだから。こちらも…

水晶池

水晶池には、奇妙な伝説があっての。昔、ある坊さんが村にやってきて 山を掘って水晶の塊を見つけたそうじゃ。それを坊さんは素手で磨いて 十年かけて水晶の玉にしたんじゃと。それは見事な玉であったそうじゃ。しかも、この玉をじっと覗くと 人の心が透けて…

無理心中

「いっそ、私を殺して」「それなら、一緒に死のう」若い男女が心中することになった。理由は問題ではなかった。場所が問題であった。「海がいいわ」夢見るような女の瞳。「いや。山がいい」酔ったような男の頬。結局、意見は合わなかった。それでも、ふたり…

鍾乳洞の水

僕の秘密の遊び場は小学校の裏山にある鍾乳洞。入口は、お地蔵様の並ぶ崖の下。ここに入る時、君のその大事な頭を天井にぶつけないよう注意するんだね。まっすぐ進むと、冷凍マンモスの部屋があるよ。そこには八つほど穴があって 右から二つ目を選ぶのさ。恐…

商談中

客と商談中なのであった。なかなかスムーズに進行していた。ところが、ふと私は気づく。客から受け取ったばかりの書類がない。大事なものを紛失してしまった。テーブルの上を捜しても見つからない。あわてて自分のバッグを開ける。安物のバッグが破れ、中身…

霧の街

灰色の霧に包まれ、街は暗く淀んでいる。霧は建物にまとわりつき、窓を舐め、壁を濡らす。霧は生き物のように屋内にも侵入する。階段の手すりに絡み、いやらしく床を這う。霧の街を手探りで進んでいた男が崖から落ちた。霧の底へ底へ落ちながら叫ぶ男の声が…

記録の申告

学校での泊まり込み合宿の初日、さっそく部員全員で徒競走をするという。坂道の多いコースを一番で駆け抜け ゴールとなる教室に到着する。教卓の上に記録用紙が置いてある。記録は自己申告することになっている。掛け時計を見ながら必要項目に記入する。徒競…

収集狂の館

この館の主は収集狂として名高い。切手や古銭、宝石や貴金属、書画骨董、蝶の標本、化石、ミイラ、下着、拷問道具。珍しいもの、貴重なものであればなんでも集めてしまう大変人。世界中から美男、美女、美童を集めているという噂もある。とんでもない危険物…

秘密の集会

こんな夜遅く、秘密の集会があるという。参加せねばなるまい。会場は近所の住宅。顔見知りの奥さんが出迎えてくれる。じつは私の好みのタイプである。「遅れてしまい、申しわけありませんか」そのように彼女が挨拶するので私は次のように挨拶を返す。「それ…

死なせ屋

死なせ屋は、殺し屋ではない。死にたがっている客を望み通りに死なせてやるのが商売だ。だから、本当に死ぬべきかどうか客の相談にのってやったりもする。死ぬのを思いとどまらせたらとりあえず相談料だけいただく。これでも結構な収入になるのだ。死ぬ前に…

明日は晴れる

てるてる坊主晴れ祈願として軒先に下げる、あれ。首吊りにしか見えないんですけど。 ふれふれ坊主雨祈願として逆さに下げる、あれ。拷問にしか見えないんですけど。 元「koebu」むっとろごもたさんが演じてくださった! It Will Clear TomorrowShine bonzeHa…

飼育

乳離れしたばかりの幼女を飼う。ペットである。ただもう可愛がりたいから飼うのだ。法律のことなんか知らない。気にしない。望み通りの美女に育てるだけだ。座敷牢の中に押し込め、家の外へは出さないつもり。世間の事など教えてやるもんか。いやいや、待て…

三本目の手

ひとり、部屋の床に座っている。開いた窓から空と建物の屋根が見える。突然、部屋が回転を始める。遊園地のコーヒーカツプの動きだ。(これは夢に違いない)ただちに確信する。夢にしてはリアルだが、こんな事 どう考えても現実に起こるはずがない。(どうせ夢…

猿の笛

ひなびた山奥で ひとり笛を吹いていた。鳥のさえずりに調子を合わせ そよ風のささやきに旋律をのせ・・・・ これでも都では、一時期ではあるが 「笛の名手」と称えられていたものだ。やがて吹き疲れ うううんと背伸びをする。見上げると、木の上に猿がいた。小枝…

砂の扉

ここで死ぬるは ここで生まるるより多しあるところに砂漠がありその果てに偉大な扉があった。まだ誰にも開けられたことのない扉。鍵穴はなく、わずかな隙間さえない。だから、扉の向こう側を知る者はどこにもいないのだった。「黄金の宮殿がそびえているのだ…

さびしい

秋でもないのにさびしくなってしまった。やり切れない気分。うまく説明できない。三階のベランダから飛び降りてみた。スタントマン顔負けの見事な着地。少し気がまぎれたけど、それだけ。銀行強盗もやった。単独で成功した。もともと失敗するはずがないのだ…

ポリ袋

僕はそっちへなんか行きたくないんだけど風小僧が手招きしたり風娘が背中を押したりあれこれ翻弄するものだから仕方なく突風に舞い上がったりつむじ風にクルクル回ったりそっちの方へそっちの方へと吹き流され引き寄せられてもう地に足着かないままどうにも…

犀の角

未開の土地に小さな部族があった。貧しい部族ではあったが唯一、古くから伝わる宝があった。「犀(さい)の角(つの)」という名の笛である。犀の角の形をした縦笛。大昔、天から降りたと伝えられている。これを吹くことを許されているのは部族の中でも選ばれた…

殺し屋

やらねばならないのにやれない時がある。してはならないのにしてしまう時もある。そういう時が殺し屋にもたまにはある。あいつを殺さなければならなかった。生かしておく事は許されない。選択の余地などなかったのだ。なのに俺はどうしても殺せなかった。殺…