Tome文芸館 Annex

自作読み物を紹介。動画用朗読音声を常時募集。英訳はGoogle翻訳。

2013-01-01から1ヶ月間の記事一覧

伝説の酒場

とうとう来てしまった。千鳥足でなければ辿り着けないという世界が回転しなければ入れないという伝説の酒場。どこにあるのか誰も知らない。町名も番地もわからない。およその方角もわからない。そもそも店名すら不明なのだ。入口のドアを開けると床には小川…

ブドウの房

ここは坂の多い町だ。家の近所に、通学する高校生たちが 「ジェットコースター」と呼ぶ過激な坂道がある。そして、その坂道を上ったところに街灯が三つある。これは前にも話したことがあるけど 僕はひどい近眼と乱視で目の不自由な人なので 夜に街灯を裸眼で…

追究の住宅街

夜の住宅街を歩くのはきらいだ。犬は吠えるし、猫は死んでるし。それに水道のポンプなのかエアコンの室外機なのかモーターの音は耳障りだし。そりゃたまには良いこともあるけどさ。眠れない若奥さんがパジャマ姿で袋小路でひとり踊っていたりして。だからな…

血の川

「あっ!」ポタポタと血が垂れた。割れたグラスで手を切ってしまったのだ。垂れた血は白い食卓の上に 小さな赤い池を作った。すぐに池はあふれ 川となって流れ やがて食卓の縁から 滝となって落ちてゆく。それにより、その真下 ダイニングの床の上に小さな滝…

ゾウの教訓

ひとつの小さな村が 一頭の大きなゾウに襲われた。そのとてつもなく巨大なゾウは なんでも踏みつぶしてしまうのだった。こいつを退治しなければ村は全滅する。「ダメよ、ダメダメ。 ゾウを殺すなんて、かわいそう」そんな心優しい女は まっ先にゾウに踏み殺…

添い寝

ひとりで寝るのがいやなのね。坊や、暗闇が怖いのかしら。それとも、悪い夢を見るの? ううん、心配しなくていいのよ。私が添い寝してあげるから。坊やは臆病なんかじゃない。想像力と感受性が豊かなだけ。いつもどんなこと考えるの? ふうん、渦巻きを想像…

白い影

夜、眠れなくて ひとり、灰色の舗道を歩く。ふと気づく。自分の影が白い、と。腕を上げると、白い影も腕を上げる。脚を開くと、白い影も脚を開く。やはり、舗道のラクガキなどではない。正真正銘、自分の影だ。辺りを見回してみる。いくつもの白い影が あち…

鈴虫

浅い眠りから覚めたばかり。なにやら夢を見ていたようだ。眠っている間に日は暮れてしまい、すっかり夜になっていた。起きて歯を磨き、顔を洗い、軽い運動をする。それでも眠気は取れないのだった。室内照明を消す。窓の外は月明かり。そんなに部屋の中は暗…

Tome音楽館 チーちゃんの歌 第二集

元「koebu」田辺千鶴さんが歌ってくださった! 作曲・歌:田辺千鶴(チーちゃん) 作詞・作画:Tome館長曲名:「Snow Dance」「涙は・・・・」「ギター即興曲」「雨やどり」 「笹舟」「Jellyfish」

少年たち

草原を駆ける裸の少年たち。追い迫るは馬上の貴婦人。「どうしよう」「どうする?」「隠れようか?」「そんな場所ないよ」「見つかったら、どうする?」「踊って見せようか? 小鹿のように」「ぼくたち、小鹿じゃないよ」「残念ながらね」「鉄砲かついだ猟師…

視界

視界の上半分には空色の空がある。視界の下半分には海色の海がある。ふたつの境には水平線が引かれている。空の上にあるのは雲と太陽と昼の月。海の上に浮かんでいるのは小舟ひとつ。小舟の上にはひとりの漁師がいる。漁師は両手で釣竿を支えている。釣竿の…

子どもの言い分

ぼくが親を選んだわけではないし ぼくが国を選べたはずもない。だからぼくは 知らない人たちを親として 知らない国に生まれてきたわけだ。最初は 幼くて弱くて悪くて なんにもできなくて 助けてもらわないことには 生き続けることさえできなかった。大人たち…

才能

友人が落ち込んでいた。「どうしたの?」「おれには才能がないんだ」「そうかな」「まわりは才能ある奴ばっかりだ」「それはそうだね」「もう情けなくってさ」「でも、君だって才能あるよ」「ないって」「いや。あるって」「どんな才能が?」「ええと、ほら…

ゲンブリオ山脈

ゲンブリオ山脈を越えた者は いまだかつていない。例外としては 特殊な渡り鳥くらいだろう。この渡り鳥は 上昇気流を上手に使う。らせん状に旋回しながら とんでもない高度にまで達する。上昇気流の助けがなければ越せないのだ。しかも、一年に一回のチャン…

雪国つらら殺人事件

雪国で独り暮らしの老人が殺された。つららを凶器とする殺人事件だった。「刺さっとるな」「んだ。刺さっとる」隣家の村長と近所に住む駐在の会話である。「屋根から下がってたつららが落ちたんだな」「んだ。そんでその真下に寝てた」「寄り合いで、えらく…

森のトンネル

家は森の中央広場にあり、外出する時は森のトンネルを抜けてゆく。ところが、その日昼なお暗いトンネルの途中に美女がいておれの前に立ちはだかった。おれは尋ねる。「こんなとこで、なにしてる?」美女は両腕を広げて答える。「通せんぼ」おれはムッとして…

星に願いを

ねえ、神様。もしも 巨大な流れ星が もの凄いスピードで まっすぐ自分に向かって 落ちてくるのを たった今 気づいたとしたとしたら 「ここに落ちないで 途中で消えてください」という 願い事を しかも三回も 唱えられるものでしょうか? 元「koebu」ロンチー…

罪悪感

皿の上に饅頭が二個のっていた。それは兄と僕、僕たち兄弟のオヤツだった。兄はまだ帰宅してなかった。家に僕ひとり。僕は、僕の分の一個を食べた。すごくおいしかった。腹が空いていたのだろう。とにかくおいしかった。だから、当然ながらもう一個の饅頭も…

化粧

金色の二頭立て馬車に揺られ 美しく着飾った女は夜更けに帰宅した。女はひどく疲れていた。舞踏会で多くの紳士たちと踊り過ぎた。(もしも天井のシャンデリアが落ちてきたら)踊りながら心配ばかりしていた。(ドレスが赤く染まって、きれいかしら)女は絹の…

刑事

ドアを開けると、そこに刑事がいた。彼は私の名前を確認すると ミイラの猿の手を差し出した。それは私の大切な宝物だった。なぜか紛失してしまい 捜していたのだ。「これ、どこにあったんですか?」私は刑事に尋ねた。「・・・・殺人現場」愛想のない刑事である…

クラゲ

夜の繁華街をヨタヨタ歩いていた。白痴の騒音がグルグル渦巻き 狂った電飾がチカチカ瞬いていた。酔っていた。フニャフニャだった。まるでクラゲみたいだった。波に揺られるまま漂うだけで 冷たく発光したって注目もされない。触手を伸ばしても空しいだけだ…

暗い女

彼女は言う。「明るさが怖い」と。朝日を浴びると 目がくらむ。日向に肌をさらせば やけどする。ほとんど外出できない。一日中 家の中に閉じこもる。明かりも点けず 雨戸閉めて震えるばかり。かわいそうな女。性格だって暗くなる。家族にも好かれていない。…

虫歯の虫

痛い、痛い。歯が痛む。痛くて痛くて、眠れない。とうとう虫歯になっちゃった。いつも口を開けて寝ていたからだ。奥歯に虫の卵、産みつけられたのだ。産卵管のやたら長い寄生虫。ハウミバチとかいう寄生蜂に違いない。 その卵が孵化したのだ。 無数の幼虫、…

木のない森

見上げたら、めまいがした。鬱蒼とした枝葉が邪魔をして空がちっとも見えやしない。様々な色の樹皮の幹に囲まれて身動きさえできやしない。胸が苦しい。息が詰まる。僕はポケットに手を突っ込み、お気に入りのジャックナイフを取り出す。銀色の鋭い刃をカチ…

キノコの山

すっかり村は秋景色。キノコの山はキノコだらけ。おかしな色のキノコ 変な形のキノコ わけわからぬキノコがたくさん生えた。すると町の娘たち キノコ採りにやって来た。ルージュとマニキュア 塗りたくってそれ以上短くできそうもない ミニスカート穿いて 無…

一匹の怪物

埃まみれの暗い屋根裏部屋に恐ろしい一匹の怪物が棲むという。怪物の姿は見えたり見えなかったりする。たとえ怪物を目撃できたとしてもその姿は美しかったり醜かったりする。もしそれが美しく見えるとすればあなたこそ怪物なのである。 どこにもない湖 その…

宮沢賢治「春と修羅」 朗読:Tome館長

春と修羅 (mental sketch modified) 宮沢賢治心象のはひいろはがねからあけびのつるはくもにからまりのばらのやぶや腐植の湿地いちめんのいちめんの諂曲模様(正午の管楽よりもしげく琥珀のかけらがそそぐとき)いかりのにがさまた青さ四月の気層のひかり…

絵のない絵葉書

君は南方の隣町から帰る途中、天国まで届きそうな長い橋を渡っている。水彩絵の具をぶちまけたような夕焼けが君の左手、西方の空に展開されている。君の視界は横長の絵葉書。君の意識は夕日の中心から橋の欄干へ垂線を下し、川岸との交点から始まる無数の線…