Tome文芸館 Annex

自作読み物を紹介。動画用朗読音声を常時募集。英訳はGoogle翻訳。

2013-02-01から1ヶ月間の記事一覧

夜の診療室

彗星が夜空を焦がしていた。診療室では女医が少年を治療していた。「熱いよ、先生! すごく熱い!」地団太を踏む、半ズボンの少年。少年のはだけた胸に煙草の火を押し当てながら その膝小僧に触れる、女医の細い指。「ごめんなさいね、聴診器じゃなくて」少…

メリーちゃん

メリーちゃんは歌が上手でした。あまりにも上手なのでその歌を聞いて偉そうな大男が泣き出したり自閉症の子ともが笑い出したり今にも死にそうな老人が怒り出したりお喋りなお嬢さんが黙ってしまったりそんなふうにいろいろ奇妙なことが起こるのでした。そん…

夢で描いた絵

絵を描いていた。いつものように美人画である。美人でなければ描く意欲が湧かないのは人格に問題があるからだろうか。そんなことを心配しながら雑誌か何かの写真の上に直接絵の具を筆で塗っていた。写真を参考にすることはあってもその上に絵を描いたことは…

指切り草

村はずれの浮島がある池のほとり そして初夏 目立たぬ地味な草に 可憐な花が咲く。なんとも言えぬ美しさゆえ この花を摘みたがる者が絶えぬ。茎は意外に丈夫。葉は細く鋭い。下手に摘み取ろうとすれば 指を切る。見れば 白い花と赤い花がある。真っ白な花は …

防波堤の記憶

ひとり僕は防波堤に立ち 水平線を眺めていた。いや、もっと近くを眺めていたかもしれない。眼下に砕け散る波の印象が残っている。どうも記憶があいまいだ。それに、なんだか僕は ひとりではなかったような気もする。恋人と呼ぶべき女と一緒だったはずだ。な…

星が見えない

夜空にはカップ麺が浮かんでいた。最新情報機器が商標名と一緒に回転していた。巨大な顔のモデルは化粧品を放り投げていた。やれやれ。いやな時代になったものだ。とうとう夜空がスクリーンなってしまった。見上げて交通安全の標語を読んでいると交通事故に…

元に戻らない

壊れてしまった女の子の部品を集めて記憶を頼りにもう一度組み立ててみた。「名前は?」「あたし、リカちゃん」「好きな食べ物は?」「ワンセグケータイのムニエルよ」「得意科目は?」「学校は好きよ。でも、教室はきらい」「趣味は?」「あら、知らない人…

のん気な旅

「あの、お尋ねしたいのですが」私は、異国の地で異国の人に自国語で尋ねてみた。「サナトダミアに続く道は、これですか?」異国の人は無表情だった。あるいは、あやしい異人である私にあやしい言葉で呼び止められ、どんな表情をすればいいのか迷っていたの…

世界びっくり箱コンテスト

こちら、私がおりますところは毎回びっくり死の犠牲者が多数出ることで有名な「世界びっくり箱コンテスト」のメイン会場であります。箱を開けたら蒸気機関車が飛び出すオーソドックスなタイプのものからミニ・ブラックホールを閉じ込めた最先端技術の応用作品…

輪になって踊ろ

みんなで輪になって踊っていたらひとり抜け ふたり去り だんだん人数が減ってとうとう僕と彼女ふたりだけになった。「一緒に踊ろ」「いや。ふたりじゃ輪になんない」彼女も消えてしまった。ついに僕ひとり。ひとりで輪になって踊るのは難しい。とてもとても…

どこかの他人

「まあ。ユミ、久しぶりね」見ず知らずの女から声かけられた。「ええ、そうね。ごめん、急いでるんで」愛想笑いを浮かべつつ、その場を小走りに去る。この他人、ユミという名前らしい。私は自分なんだけど、外見は他人。美人とも思えないが、そんなに悪くも…

誕生日のキャンドル

誕生日、正確には前日にケーキをもらった。先にあげた誕生日プレゼントの お返しではあるけれど考えてみると 誕生日にケーキをもらった記憶がない。なにしろ子どもの頃は 誕生日を祝う習慣がなかったし 誕生日を祝ってくれる親しい人も いないわけではなかっ…

鬼さん、こちら

都会に出たばかりの僕は田舎者なのですっかり迷子になってしまった。僕が困っていると、それを見かねたのか呼び止める声がした。「ちょいと、そこのお兄さん」とても綺麗な女の人だった。「こっちへいらっしゃい」彼女に誘われ、ついてゆく。とても優しくさ…

お別れ

「ヒロコ」と僕。「タカシ」と彼女。「お別れだね」「そう、お別れ」4月なのに雪が降っていた。「なごり雪だね」「花見と雪見が一緒にできるわ」僕たちは少し笑った。「お幸せに、ヒロコ」「うん。タカシもね」もう彼女と会うことはないだろう。「キスしよ…

火の神

突然、火の神が燃えあがった。よりによって水の女神に恋をしたのだ。でも、火の神は水の女神に近寄れない。水の女神に触れると火の神は消えてしまうから。神殿の柱の陰に隠れ、黙って離れて見つめるだけ。とても熱い視線だが、それが水の女神には疎ましい。…

人のなる木

人のなる木には いろんな人がぶら下がっている。青い少年、熟れた婦人、腐った老人・・・・ みんな裸のまま風に揺れている。人の木を見上げていると楽しい。木の実のくせに恥ずかしがるのも笑える。これら人の実は どんな果実よりもおいしい。未熟な実も熟れすぎ…

お花畑に咲く

お花畑に女の子が咲いていた。「きみ、きれいだね」と、ぼくが褒めると「べつに」と、女の子。ちょっと高慢な品種らしい。「そりゃまあ、まわりはきれいな花ばっかりで 特別きみがきれいというわけじゃないけどさ」ぼくが憎まれ口をたたいても「おあいにくさ…

鉢植えの娘

長女は花壇に植えて失敗したから次女は鉢植えで育てることにした。花壇育ちは世間ずれして手に余る。ペチャクチャお喋りでうるさい。今どきの派手な花を無闇に咲かせる。そのうち、こっそり根を抜いて辺りを歩きまわったりする。ろくでもない野草どもと付き…

眠れない

捨てられた死体を道端で見つけた。夕暮れが迫っていた。帰宅の途中だった。まるで眠っているような美しい少女。白い服が破れ、胸が赤く染まっていた。カメラあれば写真を撮りたかった。スケッチブックあれば写生してみたかった。あいにく、どちらも持ってい…

泣かないで

高校二年の授業中、校内放送があって名前を呼ばれた。(なんだろう?)職員室へ行き、受話器を受け取り、父親の事故死を告げられた。階段裏の掃除道具なんか置く狭くて暗い場所でしゃがんで泣いた記憶がある。父親が死んだことが悲しくて泣いたのは二日くら…

明けの明星

「我が名は、明けの明星なり!」早朝、愛犬を散歩させていたらステテコ姿の老人が走り過ぎながら宣言した。ああ、いやだいやだ。体が頑丈で頭が岩石みたいな老人にはあたしゃ、なりたくないね。 健康を見せびらかすのが趣味なんだろうな。誰も見たくないから…

いじめないで

おねがいですから いじめないでください。せいかくがくらくて すがたかたちがみにくくて おこないやふるまいがいやらしくて いじめたくなるきもちも わからないではないですが とてもおちこみます。あなたは とにかくつよいひとなので あなたへしかえしする…

熱帯の夢

息苦しい夢から目覚めたら汗まみれの胸の上に亀が乗っていた。「この亀、悪い夢を喰うね」細長く黄色い舌を見せて、混血の案内人が笑う。なるほど、どんな夢か思い出せない。酔ったようにカヌーが揺れている。流れているとも思えない密林の川面に牛を食べる…

トトカ湾の女

ボートを盗み、女はトトカ湾へ逃げた。艦隊がボートを囲むように追う。女を海洋へ逃がしてはならない。捕獲が難しくなってしまうからだ。すっかり艦隊に包囲された女は 諦めの表情、濡れたドレス。艦隊総指揮官として 俺は甲板から女を見下ろす。女の手に光…

扉を開ける。食堂だろうか。中央に大きなテーブルがある。テーブルの上には白い皿が置いてある。その皿の上には女の首が載っている。眉と唇の曲線が似ているような気がする。「ようこそ、いらっしゃいませ。 お待ちしておりましたわ」 違う。 ここではない。…

明日へ向かって

そして翌日、撃たれてしまった。く、くそっ!ひどい出血だ。死ぬかもしれん。だ、誰だ? 昨日、明日へ向かって撃った奴は。 元「koebu」宏美(ろみりん)さんが演じてくださった!「さとる文庫 2号館」もぐらさんが演じてくださった! For TomorrowAnd the …

唐突な迷惑

もうどうでもいいや、と思った。本当に、どうでもよくなってしまった。「あの、唐突でご迷惑でしょうが」そんなふうに見知らぬ女に声をかけた。「はい。なんでしょう?」目と目が合った。その素敵な瞳。いつまでも見つめていたかった。しかしながら抱きしめ…

あせらないで

「ねえ、おまえ」私のことである。「これ、欲しいの?」私は首を縦に振る。「ダメよ。おあずけ」私は激しく首を横に振る。「そんなに欲しいの?」私は激しく首を縦に振る。「どうしようかな」私は身悶える。「それじゃ、ちょっとだけよ」私は息を荒げる。「…