Tome文芸館 Annex

自作読み物を紹介。動画用朗読音声を常時募集。英訳はGoogle翻訳。

2011-01-01から1年間の記事一覧

泡姫

昔、あるところに、爺と婆がいた。爺は山で柴を刈っていた。「さて、そろそろ昼飯にしようか」爺が湧き水で手を洗うと、たくさん泡が出てきた。そして、爺の手はとてもきれいになった。妙なこともあるものだ、と爺は思った。この湧き水は谷に流れ、川になっ…

暇つぶし

あんまり暇で死にそうだから 暇つぶしをすることにした。外に出て魅力的な女を見つけたら その女を尾行するのだ。ストーカーではないか、と言われそうだが 気づかれなければ迷惑にはなるまい。さっそく家を出る。駅前商店街へ向かう。あっさりターゲット発見…

帰ってきてね

兵士となって戦場へ向かう恋人。それを見送る娘。「必ず帰ってきてね」「うん。必ず帰ってくる」だから、恋人は帰ってきた。娘との約束を守るため。ただし、幽霊となって。「私、悲しいけど、嬉しいわ」「僕もだよ」娘は幽霊の恋人と暮ら始めたが、幽霊なの…

鞭の音

ああ 鞭のくれ方 わかんない 猛獣使いじゃ ないんだもん だから おじさん 吠えないでバシッ! バシッ! バシッ! ほらほら こんなに ミミズ腫れビシッ! ビシッ! ビシッ! まあまあ どんどん 血が出るわブシッ! ブシッ! ブシッ! あらあら 骨まで 見えて…

関係ないだろ

「SBY48のハチコを誘拐した」電話の声に心当たりはなかった。「あの、もしもし」 「無事に帰して欲しければ身代金を用意しろ」「あの、間違い電話では?」電話の声はかまわず喋り続け 俺の月収に相当するほどの金額を要求した。「あの、なんと申しますか」「…

私を捕まえて

趣味の山歩きをしている途中、蝶を見つけた。美しく羽ばたく真っ赤な蝶。「私を捕まえて」そんな声が聞こえたような気がした。もともと昆虫採集の趣味はなく 捕虫網など持っていない。けれど、あの蝶だけは欲しくなった。なんとか自分のものにしたい。「私を…

乗り遅れ

「待ってくれーっ!」叫びに叫び、走りに走ったが間に合わなかった。バスの後姿はバス停から遠く離れ 見えないくらい小さくなってしまった。あれが始発バスだと聞いていたのに 時刻表を見ると、最終バスでもあった。なんと、この村には 一日一本しかバスが通…

捨てられた海

砂浜は漂流物に覆われ、異臭が漂っていた。海原は赤茶けた色に染まり、けだるげに淀んでいた。波打ち際に父親とその息子らしき姿があった。男の子がつぶやく。「この海、もうダメだね」男がこたえる。「ああ、もうダメだな」「でも、海は広いよね」「ああ、…

夢の続き

「あのさ」「なによ」「俺の夢はさ」「うん」「いつか無人島をひとつ買ってさ」「うんうん」「そこでとびっきりの美女とさ」「うんうんうん」「ふたりっきりで暮らすことだったんだ」「ふうん」「やっと夢がかなったよ」「よかったわね」「あのさ」「なによ…

自転車

私は自転車 どなたか乗ってくださいな 私のスタンド上げて 私のサドルに腰かけて 私のハンドルつかんで 私のペダルを踏んで 車輪がまわる 私が動く 車輪がまわる あなたも動く ふたりは走る 風を切って 遠いところ うんと遠いところまで あなたの足が あなた…

親愛なる者へ

私はあなたが好きです。あなたに好かれたいとも思います。お互いに好ましく感じているならどんなに素敵でしょう。あなたが悩んでいるなら私も悩ましく私が喜ぶとあなたも喜んでくれるそんなふうになれたらいいですね。ともかく私はそんなことわざわざ言わな…

黒い財布

しまった、と思った。これは自分の財布ではない。黒くて似ているが、Kさんの財布だ。Kさんは、私が勤めている会社の上司。財布が間違っていることに気づいたのは 買い物を済ませ、部署に戻ってからだった。自分のデスクの上に自分の財布が出しっぱなしにな…

濡れた靴

階段を上ってゆくと、広い海原に出た。途切れることのない水平線に囲まれ あまりにも日差しは強い。私は途方に暮れるしかなかった。「おや、お困りのようですね」それは自転車に乗った郵便配達夫だった。「ええ、よくわかりましたね」「なに、配達を長年やっ…

泥と樹

泥と呼ばれ 泥のような暮らしを続ける その女は 今 泥の床にすわり 泥の床になみだする暗い部屋の入口 樹のように痩せた男は なすすべもなく 樹のように立ちつくし 樹のように見下ろすばかり時の屍 鐘の音さえ届かず 永遠に救われぬ ふたつの影泥はさびしく …

地下牢

真夜中に聞こえると言うのですね、身の毛もよだつような呻き声が。そうですか。やはり聞こえますか。隠しておくことはできないものですね。それに、あなたは娘の命の恩人だ。秘密にせず、すべて話してしまいましょう。ご覧のように当家はじつに古い建物です…

夏のマフラー

僕の右足のひざには蛇口がある。となりの左足のひざにはハンドルがあり これをひねると右ひざの蛇口から水が出る。テレビを観ながらひねっていたら 不意にハンドルがはずれてしまった。流れる水を止めることができなくて 絨毯を敷いた居間の床が水びたしにな…

血の口紅

手のひらが血まみれだった。どうやら頭を割られたらしい。まだ生きているのが不思議だった。いったい、ここはどこだろう。あたりを見まわしてみた。いたるところに死体が転がっている。真っ黒に焼けて、性別さえわからない。からだを動かそうとすると、あち…

青いネズミ

ノックもせず、部下が部屋に入ってきた。「ボス。こいつを見てやってください」部下の手の中には、一匹の青いネズミ。「なんだ、それは」「じつはですね、このネズミを怒らせると 左のポケットに入ったりするんですよ」「それで、どうなるというんだ」「まあ…

悪酔い

猫に マタタビ 彼女に お酒 あらあら よっとほろ酔い加減のところでアイマスクと手錠を掛けてやった。「えっ? なになに? どうしたの?」さらに冗談みたいにして 足首もひもで椅子に縛り付けてやった。「なにするつもり? まさか・・・・」とても不安そうな彼女…

アリジゴク

小学生の夏休み。うるさいほどのセミの声。段数を数えながら神社の石段をのぼる。いつも多かったり少なかったり。鳥居には縄が巻いてある。頂上には古い社が建っている。その社の床下にもぐる。床は高く、造作もない。隙間だらけ、暗くもない。アリジゴクの…

どこまでも扉

扉を開ける。食堂だろうか。中央に大きなテーブルがある。テーブルの上には白い皿が置いてある。その皿の上には女の首が載っている。眉と唇の曲線が似ているような気がする。「ようこそ、いらっしゃいませ。 お待ちしておりましたわ」違う。ここではない。扉…

手のひら

場面は夜の病室なのだった。家に帰らず看病していたとすると おそらく身内の者が入院していたのだろう。それが誰だったのか思い出せないが きっと大切な人だったはずだ。病室にはベッドがいくつか並んでいた。つまり個室ではなかったわけだ。小さな照明はあ…

焦土の街

焦土(しょうど)の街に雪が降り始めた。こげ茶色の汚れた悲惨な街が真っ白で綺麗な美しい街に変わる。「ほら、おいしいよ」雪をすくって舐める少女。「どれどれ」男の子も真似てみる。遠くで鐘が鳴る。「この街全体を地面ごと持ち上げてみせようか」「なにそ…

タクシー

深夜、霊園の前で、タクシーの運転手が白いワンピースを着た少女を乗せた。か細い声で行き先を告げると 少女はそれっきり黙ってしまった。途中、運転手がバックミラーを覗くと 後部座席の少女は前髪を垂らし 眠っているのか目を閉じていた。しばらくして、少…

マッチ売りの女

おれは暗い裏町を歩いていた。どこまでも暗かった。気が滅入りそうだった。「おじさん、マッチ買ってよ」若い女に声をかけられた。「いくら?」「いくらでもいい」一本だけマッチを買った。女はスカートの裾を持ち上げた。下着はつけてなかった。「いいのか…

逃げないで

女と目が合ってしまった。「逃げないで」僕が逃げようとしていること どうして彼女にわかってしまうのだろう。「もう追いかけるの、疲れちゃった」彼女、一丁の拳銃を僕に差し出す。「これで、私を撃って」ズシリと重く、ヒヤリと冷たい。「私は、あなたにし…

裏庭の畑

マンション管理組合の定期総会で 裏庭の一角を畑にすることに決めた。担当役員を決め、土を掘り、ブロックで区画。ホームセンターで肥料や土を買い なかなか立派な畑らしきものができた。さて何を植えようか。そんなことを考えていたら 居住者の娘さんが屋上…

約束の日

約束された日だったのに、その日なにも起こらなかった。「おかしいなあ」彼女は首をかしげる。ひどく落ち込んだ様子。 彼女の信頼する多くの人々が信頼するなにかによってその日なにか起きなければならなかったらしい。「ひょっとして、なにか目に見えない事…

行列

遅れて到着したら、すでに行列ができていた。私はあわてて行列の最後尾に並んだ。行列は建物の角を曲がって続いており ここからでは先頭まで見えなかった。余裕を持って家を出たのに 途中、電車を乗り違え、しかも しばらく気付かず遠回りしたため 予定より…

死んだ子の年

ええ、そうなんです。私はもうこんなですけど、まだ今でも 死んだ子の年を数えております。ええ、そうなんです。あの子はほんと、かわいそうに 生まれてすぐに死んでしまいました。ですから私、あきらめきれなくて・・・・あの子がまだ生きているとしますと 今年…