Tome文芸館 Annex

自作読み物を紹介。動画用朗読音声を常時募集。英訳はGoogle翻訳。

切ない話

元に戻らない

壊れてしまった女の子の部品を集めて記憶を頼りにもう一度組み立ててみた。「名前は?」「あたし、リカちゃん」「好きな食べ物は?」「ワンセグケータイのムニエルよ」「得意科目は?」「学校は好きよ。でも、教室はきらい」「趣味は?」「あら、知らない人…

お別れ

「ヒロコ」と僕。「タカシ」と彼女。「お別れだね」「そう、お別れ」4月なのに雪が降っていた。「なごり雪だね」「花見と雪見が一緒にできるわ」僕たちは少し笑った。「お幸せに、ヒロコ」「うん。タカシもね」もう彼女と会うことはないだろう。「キスしよ…

火の神

突然、火の神が燃えあがった。よりによって水の女神に恋をしたのだ。でも、火の神は水の女神に近寄れない。水の女神に触れると火の神は消えてしまうから。神殿の柱の陰に隠れ、黙って離れて見つめるだけ。とても熱い視線だが、それが水の女神には疎ましい。…

お花畑に咲く

お花畑に女の子が咲いていた。「きみ、きれいだね」と、ぼくが褒めると「べつに」と、女の子。ちょっと高慢な品種らしい。「そりゃまあ、まわりはきれいな花ばっかりで 特別きみがきれいというわけじゃないけどさ」ぼくが憎まれ口をたたいても「おあいにくさ…

化粧

金色の二頭立て馬車に揺られ 美しく着飾った女は夜更けに帰宅した。女はひどく疲れていた。舞踏会で多くの紳士たちと踊り過ぎた。(もしも天井のシャンデリアが落ちてきたら)踊りながら心配ばかりしていた。(ドレスが赤く染まって、きれいかしら)女は絹の…

クラゲ

夜の繁華街をヨタヨタ歩いていた。白痴の騒音がグルグル渦巻き 狂った電飾がチカチカ瞬いていた。酔っていた。フニャフニャだった。まるでクラゲみたいだった。波に揺られるまま漂うだけで 冷たく発光したって注目もされない。触手を伸ばしても空しいだけだ…

いじめ

「お願いがあるの」かわいらしい少女でした。「はい。なんでしょうか」「いじめて」天使のようにほほえむのです。「あたしをいじめて欲しいの」僕は返事に困りました。「それはまた、どうして?」「どうしても」「どうしても、と言われても」「あたし、いじ…

おもいで川

おもいで川はいつも暗く深く澱んでいる。土手に立ち、ぼんやり眺めていると 壊れた人形や別れた知人が流されてくる。川面にはいつも濃い霧が立ち込めている。そのため向こう岸の風景はほとんど何も見えない。おもいで川の途中にはとても古い橋が架かっている…

マリコちゃん

マリコちゃんが踊っています。上手なのか下手なのかよくわかりません。とにかく踊るのが楽しくて仕方ないみたい。そんなマリコちゃんを眺めている人がいます。椅子に座っているおじいさんです。眺めているのが楽しくてたまらないみたい。そのおじいさんがお…

保育器の中

黒く巨大なドームが街を覆っている。有毒な太陽を人々から隠すために。あるいは人々が隠れるために。内側へ照射される波長の揃った光の束。奇怪な映像が人工の夜空に展開される。商品広告、またはスクリーンセーバー。真っ白な壁より落書きの壁を好む輩。「…

雪女

ひとりの旅の僧侶が吹雪(ふぶき)の山を歩いていた。昼なお暗く、天狗(てんぐ)や山姥(やまんば)が棲むという。冬ならば、雪女が袖(そで)を引くという。「お待ちなされ。そこなお坊様」背中を凍らせるような冷たい声がした。振り返ると、白装束(しろしょうぞく…

戦いの印象

長い長い戦いが続いた結果としてほとんど人の言葉が話せなくなり、獣の鳴き声しか出せなくなった仲間たち。銃弾に傷めつけられた穴だらけの家を敵が中まで侵入してこないように男たちが寝ずの番をしている。ただし、もう敵は一人しか生き残っていない。マシ…

最後の一葉

病室の窓から大きなイチョウの木が見える。窓辺に座ってスケッチブックを開き 鉛筆で写生を始める。太い幹を描く。細い枝を描く。 一枚一枚、葉を描く。それから水彩絵の具で彩色する。幹を塗る。枝を塗る。 一枚一枚、葉っぱを塗る。まだ秋になったばかりな…

ギャンブラー

一般に、男はギャンブル好きである。そして、ギャンブル好きの男は女好きである。なぜなら、女そのものがギャンブルだから。その男は天性のギャンブラーだった。ジャンケンでもなんでも負け知らず。苦もなく若くして巨万の富を築いた。この男、ある女に恋を…

片想い

「どうしたんだい?」友だちが心配してくれる。「なんでもない」「顔色が悪いよ」君、余裕があるんだね。「・・・・あのね」「うん」「片想いの彼女がね」「うん」君に説明してどうなる。「妊娠しちゃった」どうもなりはしない。「・・・・そうか」君、戸惑うんだね…

小さな花

道端の草が小さな花を咲かせた。派手でもなく、鮮やかでもない。地味で淡い色の花だった。「おかしなところに咲く花もあるものだ」散歩中の紳士が呟いた。「喜んで咲いてるわけではありません」小さな声で小さな花が言い返した。「おやおや。かわいらしい声…

求愛

たとえば鍵があって扉がある。または弓矢があって的まとがある。でも合わなかったりはずれたり。はるさんが演じてくださった!元「koebu」yayaさんが演じてくださった!CourtshipFor example There is a key And there is a door.Or There is an arrow And t…

忍者の定め

忍者の戦いは静かである。物音を立ててはならぬ。沈黙を旨(むね)とする。「忍法、火遁(かとん)の術!」「十字手裏剣(しゅりけん)、乱れ撃ち!」などと派手に叫び これから己(おのれ)が何をするつもりなのか わざわざ敵に教えてやったりする事はない。気配を…

恋文

これより私は あなたへの恋心を できるだけ素直に 綴(つづ)ってみようかと思います。正直なところ 私はあなたのことを あまりよく知らないのです。よく知らないから 気になるのでしょうか。いいえ。知らなくても一向に気にならない人は たくさんいます。なの…

翼のある少年

少年はいつも車椅子に乗っていた。彼には両足がなかったのだ。「生まれた時からなかったんだ」少年は僕に話してくれた。「でも、かわりに翼がある」それらしきものは見えなかった。「そう。見えない翼なんだ」少年の瞳はきらきら輝いていた。(ないのは、足…

観葉植物

近所のホームセンターで女子高生の球根を買った。ほんの冗談のつもりだった。だから、バケツに水を入れて球根を固定しておいたら本当に女子高生が生えてきたのには驚いてしまった。水栽培のヒト型観葉植物である。品種改良とか遺伝子組み換えとかいわゆるバ…

ざまあみろ

女が眠らない夜は男が眠れない夜。あるいはその逆か。は。まあ、どっちでもいいけどさ。約束してたのに女に逢えなかった。若くもないくせにまだわかってない。約束なんかするから破られる。信じたりするから裏切られる。そういうもんだよ、世の中は。酔っ払…

ポリ袋の中の思い出

彼はたくさんの思い出を持っている。役に立ちそうもないものばかりなので 他人が見たら呆れるしかない。それぞれポリ袋に入れてあり それぞれラベルまで貼ってある。ラベルにはタイトルが記(しる)されてある。たとえば・・・・小石が一個入っていて 「修学旅行に…

夜よ明けるな

約束されていたかのように夕暮れが訪れ 初めて君を迎えた部屋は静かに暗くなる。ふたり、とりとめのない話を いつまでも話し続けようとしていた。笑うと嬉しくて、嬉しいから笑い ふたり、薬も酒も飲まずに酔っていた。まるでふたり 重なった夢を見ているよ…

お願いがあるの

ねえ、あんた。いいかしら。お願いがあるの。ううん。なんてことないの。ごく簡単なこと。あのね。その前に、確認ね。世界は今だけだって、知ってた? 知らなかったの。でも、そうなんだよ。たとえば、「後悔」は 過ぎ去ったことを悔やむ、今の気持ち。それ…

君のいる場所

僕は、どこへでも行ける。灼熱のアラスカ 草木生い茂るサハラ砂漠 遥かなる馬頭星雲の鼻面だろうが 未発掘の古代ファラオの棺の中だろうが 僕が想像しうる場所であるなら どこへでも行くことができる。ただし、君のいる場所を除いて。君がどこにいるか、僕は…

化粧台

私の目の前には化粧台がある。なかなか立派な代物。実際、高かった。風水によると 「きちんとした化粧台でメイクをしないとブスになる」のだそうだ。通勤途中の電車内は勿論 洗面所なんかで立ったままチャチャっとやってはいけない。電車は乗り物。洗面所は…

一緒に行こう

「ふふふ。とうとう見つけたぞ」「ああ。とうとう見つかっちゃった」「さあ。おれと一緒に行こう」「いやよ。行かない」「どうして?」「あんたと一緒に行くのがいやだからに決まってるでしょ」「こらこら。わがまま言うんじゃない」「なによ。そっちこそ、…

雨もよい

ありふれた男女の別れ話である。「別れよう」ついに言ってしまった。「そうね」彼女も予想していたのだろう。一緒に店を出る。見上げれば 今にも降りそうな空模様。「これ返すわ」彼女が差し出す。それは僕の小指。「いいのかい?」「私が持っていても仕方な…

許してあげない

私はあなたを許しません。あなたにとってそれは信じられない事かもしれませんが どうしても私には許せないのです。私が顔を汚してしまった時 あなたは私の顔を拭いてくれましたね。別に立派な事をしたつもりはなく あなたとしては至極当然の事をしたまで。そ…