Tome文芸館 Annex

自作読み物を紹介。動画用朗読音声を常時募集。英訳はGoogle翻訳。

思い出

遊びの輪

ひとりぼっち昼休みの校庭のすみっこでなまいきな男の子たちかわいい女の子たちがつくるにぎやかな色のおもしろそうな形の遊びの輪を校舎の壁にもたれてポツンと眺めてた。楽しそうだった。なにが楽しいのかよくわからなかったけど楽しそうだった。ぼくが近…

歩道の哲人

とある朝、駅から会社への出勤途中でのこと。上半身裸の男が歩道にあぐらをかいて座っていた。ボサボサの長髪、垢だらけの日焼けした背中。いわゆる「浮浪者」に違いない、と思った。広いとは言え、わざわざ歩道の真ん中。通勤通学の人通りが激しいというの…

古い校舎

僕が通った小学校は木造二階建ての古い校舎。その端の一階に音楽室、その真上に図書室があった。図書係をやっていた僕。その日、当番だったので遅くまで図書室にひとり残っていた。いつの間にか窓の外はすっかり暗くなっていた。もう帰るつもりで本を本棚に…

秘密の隠れ家

雑木林を抜けると、広場があった。近所の子どもたちの遊び場だった。寺の裏山なので、墓地から続く道もあった。この広場の端に家を建てた。丸太や枯れ枝で組んだ掘っ立て小屋だった。ささやかな秘密の隠れ家なのであった。あの夏の日、にわか雨が降り出した…

貯水池の鴨

信濃川のすぐ近く 水力発電所の貯水池に鴨(かも)の群があった。適当な間隔を置いて水面に浮かんでいる。少なくとも一千羽はいるものと思われた。私は欄干(らんかん)にもたれ、鴨の群を眺めていた。やがて、灰色の空から雪が降ってきた。持参の折りたたみ傘を…

トンネルと自転車

まだ少年だった頃、自転車で砂利の坂道を下るのが好きだった。車軸潰しの激しい振動がたまらなかった。急カーブでもブレーキは使いたくなかった。それが自分で決めたルールだった。いつ転んでもおかしくなかった。あの日も自転車に乗っていた。坂道を上るの…

竹やぶ

近所の神社を囲むように竹やぶがある。市の保護指定を受けているだけあって さすがに並の竹やぶではない。竹の柵に続いて、竹で組まれた門がある。そこから中に入ると、別世界が広がる。雑木林と違い、寒いくらい静かだ。重なり合った細い葉で日光が濾過され…

洗礼の雨

大事な試合に負け、その帰り道。体がだるく、とにかく疲れていた。頭痛もひどかった。それにしても情けない試合だった。(くそっ!) 自己嫌悪で気が滅入る。出るのは溜息ばかり。見上げると、空模様まであやしい。ポツリ。冷たいものが額に当たった。手にも…

山頂の城跡

少年時代の終わりの夏だった。ひとり、城跡へと続く山道を歩いていた。城跡と言っても、山頂には形跡すらない。立て札がなければ誰も気づかないだろう。山頂に着いたら裸になるつもりだった。きっと素晴らしい解放感だろう。山菜採りの季節でもなければ人は…

サーカス

昔 サーカスが町にやってきた 大きなポスターが 町中に貼られ 大きなテントが 丘の上の公園に張られ にぎやかな音楽が あちらこちらに響いて トラの火の輪くぐり お姉さんの空中ブランコ 巨大鉄球内を走りまわるオートバイ ゾウはいたのだろうか 体の柔らか…

高原の花火

深夜、こっそり家を抜け出た。中学の同級生数人と待ち合わせ みんなで地元の高原に登った。仲間のひとりが見慣れぬ避妊具を持っていた。夜の高原で女の子に出会うかもしれない。そんなことを想像していたらしい。高原へ続く真っ暗な山道は、当然ながら 女の…

遊園地の姉妹

まだ上京したばかりの頃、週に土日の二日間だけ 浅草の遊園地「花やしき」でアルバイトをしていた。その日は「バスケットボール」の担当だった。三個のボールをゴールに投げ込むと ゴールした数により賞品がもらえる。あまり人気のないコーナーだった。幼い…

ラジオ体操の聖火

小学生にとって楽しいはずの夏休みの日々はつまらないラジオ体操から始まるのだった。朝早く起こされ、近所の広場に集められ ラジオから流れる演奏と掛け声にあわせ 体を動かして、なにが楽しいのか。カードにスタンプもらって、なにが嬉しいのか。それはと…

錦鯉の話

昔、小学校で映画の鑑賞会があった。 錦鯉の話で、粗筋は以下の通り。主人公の少年の家は錦鯉を養殖していた。稚魚が成長して美しい模様を備えれば錦鯉として高く売れる。しかし、つまらない模様の鯉は「テンプラ」と呼ばれ 売れないので天ぷらにされて食べ…

彼女のこと

彼女は美人だった。九つ年下だった。スタイル良くて、背が高くて、胸は大きかった。本物のモデルさんみたいだった。聞き飽きてるだろうとは思ったけどまるでモデルみたいだね、って言ってやった。ちょっとおかしなコだった。ううん。すごくおかしなコだった…

影絵

毛糸の帽子をかぶり毛糸のマフラーを 首に巻く。寒い 冬の晩だった。猫になって 家を出て犬になって 夜道を歩いた。途中、路上駐車のクルマから 小銭を盗んだ。深い意味はない。盗めるから 盗んでみただけ。やがて、家のシルエットが 見えてきた。同じ中学に…