Tome文芸館 Annex

自作読み物を紹介。動画用朗読音声を常時募集。英訳はGoogle翻訳。

不思議な話

不思議な扉

それは不思議な扉です。確かに扉はあるのにどこにあるのか誰も知りません。いくら探しても見つからないのです。なのに、ふと気づくとなぜか目の前にあるのだそうです。つまり、そういう扉なのです。その扉は施錠されていません。だから、誰でも開けることが…

ベルトコンベア

俺は工場で働いている。なぜなら、俺の目の前には ベルトコンベアが静かに流れているから。この状況に置かれていては ともかく流れ作業をするしかあるまい。それにしても、よくわからないものが色々 よくわからないなりに流れてくる。俺の傍(かたわ)らには様…

廃墟を走る

廃墟を走っている。荒涼としたモノクロの迷路。崩落したアリの巣を連想させる。働きアリはどんな気持ちで走るのか。そんなつまらない疑問が浮かぶ。きっと走るしかないから走るのだろう。ともかく、廃墟を走っている。生き残るために競走している。ある定め…

話し相手

いつの間にか年を取ってしまい 家族も友人も親しい知人もいなくなってしまった。ひとりで寂しいような気もするな、と思っていたら とうとう飼い猫が喋り出した。「おいらが話し相手になってやるよ」おやおや、これはいけない、と思った。記憶力が弱まり、月…

金色の雪

「金色(こんじき)の雪」という名の絵本があって その扉を開いてみると、本当に 輝くばかりに金色の雪が降っているのでした。すぐにあなたは絵本の中に入ってしまって 足もとを見ると ちゃんと黄色い長靴をはいていて 手もとを見ると ちゃんと赤い手袋をはめ…

高いところ

私は宇宙飛行士。カモメではない。地球周回軌道上の有人人工衛星 いわゆる宇宙ステーションの中にいる。現在、私の生活空間は、ほぼ静止しており ぼんやりと風船みたいに赤道上空に浮かんでいる。無重力に浮遊しながら、私は考える。まったく、こんなところ…

主のいない館

どこかにある古い館。あなたが玄関のドアを叩くと 執事らしき男が嬉しそうに出迎えてくれる。「いらっしゃいませ。お持ちしておりました」長い廊下を渡り あなたは広い居間に通される。「ここでしばらくお待ちください」居間の壁には大きな肖像画が飾ってあ…

流れ星

ぼんやり夜空を見上げていたら 天の川が流れていることに気づいた。本物の川の水のように 星が天の川を流れているのが見えるのだ。「大変! 銀河系が狂っちゃった」天の川は銀河系内の星の集団。北斗七星やオリオン座など 銀河系外の星は所定の位置から動い…

私を捕まえて

趣味の山歩きをしている途中、蝶を見つけた。美しく羽ばたく真っ赤な蝶。「私を捕まえて」そんな声が聞こえたような気がした。もともと昆虫採集の趣味はなく 捕虫網など持っていない。けれど、あの蝶だけは欲しくなった。なんとか自分のものにしたい。「私を…

乗り遅れ

「待ってくれーっ!」叫びに叫び、走りに走ったが間に合わなかった。バスの後姿はバス停から遠く離れ 見えないくらい小さくなってしまった。あれが始発バスだと聞いていたのに 時刻表を見ると、最終バスでもあった。なんと、この村には 一日一本しかバスが通…

濡れた靴

階段を上ってゆくと、広い海原に出た。途切れることのない水平線に囲まれ あまりにも日差しは強い。私は途方に暮れるしかなかった。「おや、お困りのようですね」それは自転車に乗った郵便配達夫だった。「ええ、よくわかりましたね」「なに、配達を長年やっ…

どこまでも扉

扉を開ける。食堂だろうか。中央に大きなテーブルがある。テーブルの上には白い皿が置いてある。その皿の上には女の首が載っている。眉と唇の曲線が似ているような気がする。「ようこそ、いらっしゃいませ。 お待ちしておりましたわ」違う。ここではない。扉…

崖っぷち

少年は崖っぷちに腰かけていた。その背後には 平原が果てしなく広がっている。奈落の底を見下ろせば 目眩する高さ、吐き気する深さ。上昇気流に逆らい、吸い込まれそうな えぐれているようにさえ見える断崖絶壁。どれほどの時が過ぎたろうか。不意に少年は立…

馬の花園

花園を背負ったような馬が庭にいる。飾り立てられ、玄関の前に佇んでいる。その花園はまばゆいほどに輝き さる高貴なる令嬢の顔を有している。やがて、こちらへ馬は歩んでくる。なぜか、僕のところにやってくる。おそるおそる手を差し出すと 馬は僕の指を舐…

ママの店

いらっしゃい。さあ、どうぞ。なにも遠慮することはないのよ。やりたいように振舞ったらいいわ。裸になりたかったら裸になっていいの。あなたの自由よ。なんでも許してあげる。許されたくないなら許さないけどね。わかるでしょ。ここはそういうお店なの。お…

なつかしい泉

山道が途切れてしまった。 それでも藪をかき分けて進んだ。子どもの頃の記憶だけが頼りだった。追われる獣の気分にさせる、蜂の羽音。あやうく転落しそうになる、崖。顔や腕に蜘蛛の巣が絡みつく。服は露と汗で濡れ、不快で重かった。(ここだ。やっと見つけ…

空の笑顔

随分前に寝床に入ったのだが 外が騒がしくて眠れない。「わあ、すごい! すごい!」近所の奥さんの声が聞こえる。らしくないな、と思う。彼女はインテリだ、と近所で評判なのだ。起き上がり、窓を開け、外を眺める。渡り鳥の群のようなジェット機の編隊が 青…

ある村に地震があった。小さな地震で、ほとんど被害はなかった。村長の家の裏山がいくらか崩れたくらいだ。そして、埋もれていた壺が転がり出た。「よくも割れなかったもんだ。ひびもない」村長の家に村人が集まり、壺を調べた。「かなり古いな。大昔の土器…

裂けた恋人

ある朝、ベッドの上で目覚めると 恋人のからだがふたつになっていた。双子のようによく似たふたりの少女。どちらも痩せて小さく、かわいらしい。肌の色だけはっきり違っていて 一方は色黒、片方は色白。ふたりを仮に、黒子、白子と呼んでおく。「腹減った」…

知恵の鍵

人影まばらな夕暮れ時の動物園。閉園時間を知らせる音楽が寂しく流れる。浮浪者らしき男が鉄柵にもたれ 猿山の猿を眺めていた。酔っているのかよろめいて 男はなにかを踏んだ。「ん?」拾い上げたそれは 複雑に折れ曲がった鍵のように見えた。わけのわからな…

近道

その場所へ行くためにはいつも 大きくまわり道をしなければならなかった。近道をしようと別の道を歩いてみても 結局、遠まわりになってしまうのだった。ある日、その場所から家に帰るにあたり 初めて通る道を歩くことになった。それは明らかに近道のように思…

時間の移動

さあ、過去に戻ったよ。そろそろ着くからね。もうかなり移動したよ。意外だったかな。ほら、どんどん過去に移動しているね。驚いたかい?でも、すでに移動しているんだよ。信じられないのかい。本当さ。嘘じゃない。誰でも自由に時間を移動することができる…

開かずの踏切

踏切の前で 遮断機が上がるのを待っていた。踏切の向こう側には 幼稚園児らしい女の子がひとりいるだけ。電車が1本通過した。だが、遮断機は上がらない。踏切の向こう側には 小学生らしい女の子がひとりだけ立っていた。幼稚園児はどこかへ行ってしまったら…

魔法の部屋

あなたは魔法使いです。どんな魔法も使えます。どんな願いも叶います。ただし、魔法の使える範囲は この魔法の部屋の中だけ。一歩でも外に出てしまったら たちまち魔法は消えてしまいます。たとえば、魔法の杖の一振りで 地球を粉々にすることさえできるので…

精霊の森

ねばつく粘菌の小川をまたいで マイマイハタオリの仕事の邪魔をしないように 私はそおっと精霊の森に忍び込んだ。日の光はセロファンの木の葉に濾過され 不思議な色に空気を染め オチムシャグモの大きな巣を虹色に輝かせていた。モライツグミの乞う声があち…

大いなる兵士

のどかな平和そのものの田園風景。 風そよぎ、木漏れ日は揺れ、鳥が鳴く。緑の海を渡るように草原を渡る、少女。 草原の真ん中で、少女は兵士を見つけた。とんでもなく大きな兵士だった。少女の腰がやっと兵士の小指の太さ。兵士は草の上に仰向けに倒れてい…

「いってきまーす!」「鎖に絡みつかれないようにするのよ」「はーい、わかってまーす」いつものように家を出た。細い鎖が手首に絡みついていた。でも軽いから気にもならなかった。途中、友だちと待ち合わせをしていた。友だちはラクダ。それもフタコブの。…

海の王子

もう随分昔のことですが珊瑚の髪を波に洗う海の王子がおりました。王子がヒトデを枕に海面を見上げるとクラゲがいくつも浮かんでいたそうです。「ああ、海の王女はどこにおられるのか」呟きは泡となり、海中をのぼるのでした。夕焼けより美しいという伝説の…

神々の遊戯

「もう準備できたんじゃない?」「うん。そろそろかな」「それにしても、手間かかったね」「なにしろ、立体ビリヤードだもん」「じゃ、みんなを呼んで始めよう」「OK!]宇宙空間に巨大な棒が次々と出現した。そのうちの一本が地球を「ドン!」と突いた。…

首のない人形

あやしげな薬を飲んだ。彼に無理やり飲まされたのだ。彼も一緒に飲んでくれたけど。「心配ない。楽しくなるだけさ」でも、別に変わったことはない。彼が消えてしまったことくらいかな。それで部屋を見まわしてみたら首のない人形が床に落ちていた。ミニ断頭…