Tome文芸館 Annex

自作読み物を紹介。動画用朗読音声を常時募集。英訳はGoogle翻訳。

不思議な話

廃線の駅

ここは山の中。とうの昔に廃線となった駅。今は草木が茂り、錆びたレールを隠している。さきほど汽笛が聞こえたような気がしたがおそらく空耳であろう。脱線事故やら人身事故が頻発し、それら諸事情により使われなくなって久しい。もともとは炭鉱のための線…

旅人

夕闇の荒野をひとり くたびれた旅入が歩いていた。遠く人家の灯りが見える。頼めば泊めてもらえるかもしれない。不用心な事にその家の玄関の扉は開いていた。見知らぬ家族が食卓を囲んでいる。老婆がうなずく。「おかえり。遅かったね」若者が立ち上がる。「…

三本目の手

ひとり、部屋の床に座っている。開いた窓から空と建物の屋根が見える。突然、部屋が回転を始める。遊園地のコーヒーカツプの動きだ。(これは夢に違いない)ただちに確信する。夢にしてはリアルだが、こんな事 どう考えても現実に起こるはずがない。(どうせ夢…

砂の扉

ここで死ぬるは ここで生まるるより多しあるところに砂漠がありその果てに偉大な扉があった。まだ誰にも開けられたことのない扉。鍵穴はなく、わずかな隙間さえない。だから、扉の向こう側を知る者はどこにもいないのだった。「黄金の宮殿がそびえているのだ…

犀の角

未開の土地に小さな部族があった。貧しい部族ではあったが唯一、古くから伝わる宝があった。「犀(さい)の角(つの)」という名の笛である。犀の角の形をした縦笛。大昔、天から降りたと伝えられている。これを吹くことを許されているのは部族の中でも選ばれた…

転がり岩の秘密

荒れ果てた岩だらけの大峡谷。たまに大小の岩が転がり落ちてくる。一列に並んで転がってきた岩の集団が まるで人が運転する乗り物のように 落ちる寸前、断崖の縁に躊躇(ちゅうちょ)して止まり やがて決心がついたらしく飛び出し 放物線を描いて落下する光…

あいまい宿

そこは海辺のようでもあり、あるいは山奥のようでもあった。またはどちらでもないのかもしれない。どこでもあってどこでもない、そんないい加減な場所なのだろう。その建物の玄関の柱に掲げてあるのはあやしげな表札だった。なにが書かれてあるのかわからな…

うつむく少女

画面中央には美少女らしき人物を置きたい。今にも消え入りそうな憂いを含んだ暗めな表情。たとえ顔は見えずとも、ポーズで表現させる。破れた白いドレス。薄い肩と幼い胸が見える。背景は藍色の夜空。少し欠けたばかりの月を浮かばせようか。満月にしてしま…

あやしい美術館

家の近所に古臭い美術館がある。あやしい美術館と呼ぶべきかもしれない。奇妙な作品ばかり展示されているのだ。たとえば『散歩させる犬』着衣の犬と鎖でつながれた裸婦の絵。散歩道には糞まで描かれてある。それから『不潔な自画像』額縁が立派な、しかし汚…

瞑想

古い寺院の奥、僧侶がひとり。海より深く、瞑想にふけっている。そこへ野生の虎が現れる。僧侶は虎の侵入に気づかない。近づいて 僧侶の鼻を舐める虎。まだ僧侶は気づかない。虎は僧侶の頭に噛みつく。それでも僧侶は気づかない。やがて寺院の内は血の海とな…

頬叩き

寝床に入り、ウトウトしていると突然、頬をピシャリと叩かれる。痛くはないけれど、驚いてしまう。近くには誰もいないので気のせいかな、とも思うのだけれどもあまりにも生々しすぎる。こんなふうな見えない頬叩きがいままでに4回ほどあってあっ、またか、と…

人のなる木

人のなる木には いろんな人がぶら下がっている。青い少年、熟れた婦人、腐った老人・・・・ みんな裸のまま風に揺れている。人の木を見上げていると楽しい。木の実のくせに恥ずかしがるのも笑える。これら人の実は どんな果実よりもおいしい。未熟な実も熟れすぎ…

明日へ向かって

そして翌日、撃たれてしまった。く、くそっ!ひどい出血だ。死ぬかもしれん。だ、誰だ? 昨日、明日へ向かって撃った奴は。 元「koebu」宏美(ろみりん)さんが演じてくださった!「さとる文庫 2号館」もぐらさんが演じてくださった! For TomorrowAnd the …

ブドウの房

ここは坂の多い町だ。家の近所に、通学する高校生たちが 「ジェットコースター」と呼ぶ過激な坂道がある。そして、その坂道を上ったところに街灯が三つある。これは前にも話したことがあるけど 僕はひどい近眼と乱視で目の不自由な人なので 夜に街灯を裸眼で…

逮捕されて

警察官らしからぬ男だった。そいつには顔がなかった。長い髪に隠れて見えなかったのだ。「無駄な抵抗はよせ。おまえを逮捕する」手錠をはめられた。「はて? 罪状はなんでしょうか」とりあえず質問してみた。「罪状を知らぬとは重罪だ。連行する」そのまま見…

ゼブラの廊下

下宿の廊下の奥に灰色の猫がいる。暗くてはっきり見えないがふたつの小さな眼が金色に光っている。あいつに入られたら、追い出すのは大変だ。引き戸を開けると同時に部屋に滑り込み、すばやく戸をピシャリと閉める。けれど、あまりにも建物が古かった。引き…

レム

レムは、宇宙の幽霊みたいなもの。物質ではない。存在しないものでもない。うまく説明できないなにものかである。しかし、レムは言う。明らかに存在するもの惑星や、そこに棲む生物の方こそあやしい、と。宇宙そのものを含め、なにも存在しなければすっきり…

ブランコ

近所の保育所にブランコがあった。ふたつ並んだブランコだった。ところどころ銀色のメッキがはげていた。ある日の夕方のこと。小さな女の子がひとり 保育所のブランコでゆれていた。初めて見る子だった。白っぽいワンピースに赤い靴。ちょっとブランコに乗り…

眠れぬ美女

彼女は不眠症ではない。まるで眠ったことがないのである。生まれてからずっと起き続けている。おそらく育児は大変だったはずである。両親とも若くして亡くなっている。疲労すれば眠くなるであろう。しかし、彼女は疲れを知らない。小さな海なら、端から端ま…

夢うつつ

真夜中の病院。女性看護師が悲鳴をあげ そのまま転がるように廊下を走り去った。目が異常に冴え、暗闇のはずなのに明るく見える。手鏡を覗いてみると、両目が炎のように光っていた。病室の闇に浮かぶ青白いふたつの炎。新米看護師でなくても驚くはずだ。交通…

夏草の宿

そこは海辺のようであった。または山奥のようでもあった。どちらでもないような またはどちらでもあるような・・・・ あやしげな表札があった。何が書かれてあるのかわからない。表札かどうかもあやしかった。でも、泊まれるはずだと思った。根拠など何もないの…

アゴの枕

僕は砂浜の海岸線すれすれに穴を掘り まぬけな魚が落ちてくるのを待っていた。そこへ幼なじみの歯医者がやってきた。「どれどれ、口を大きく開けてごらん」彼は根っからの歯医者である。歯医者でない彼を僕は知らない。僕は、素直に口を開けてやり、彼に歯を…

鮎の衣

人里離れた山の渓流。若者が釣り糸を垂れていた。他には誰もいないようであった。草木が茂り、鳥と虫が鳴いていた。若者の竿に当たりがあった。鮎であった。よく跳ねる美しい川魚。それを魚籠に受ける、と 若者は目を見張った。釣ったばかりの鮎の姿が消えて…

偽りのニュース

特殊光学ガラスが開発されました。光の透過速度が極端に遅い特殊ガラスです。入った光がなかなか出てこないのです。これは画期的な発明です。ガラスの前に立ち、急いで裏側にまわると誰もいないはずの向こう側に人の姿が見えます。こちら側にまわり込む前に…

見えない明日

(・・・・おかしい)占いお婆は思案顔。(明日が見えない)水晶玉に明日のイメージが映らないのだ。水晶玉に未来を映すのは 未来における現在を映す未来の自分。つまり、未来のお婆が その過去である現在へ向け 水晶玉へ思念を送り込まなければならない。当然だ…

砂漠の難破船

奇妙な難破船だった。その形状はともかく 置かれた位置が不可解だった。海底に沈んでいたわけではない。海から遠く、大陸の奥深く 砂漠のド真ん中で座礁していたのだ。ただし、それを座礁と呼べるとするならば ではあるが。「こりゃ、かなり古いな」調査団の…

窓辺の風景

今日は明るい海の風景が見えます。沖合に客船が浮かんでいます。甲板の上で遊びふける半裸の乗客たち。なにやら恍惚の表情です。昨日は暗い寝室の風景でした。枯れた観葉植物。壁を這うおぞましい虫。ベッドにはミイラ化した老人。まだ死臭が漂っているよう…

流された顔

気がついたら もう眠ってはいないのだった。いつから目が覚めていたのか よく思い出せない。(・・・・とりあえず起きなくちゃ)立ち上がってはみたものの 意識はぼんやりしている。はっきり目を覚ますため キッチンの流し台で顔を洗う。(・・・・ん?)洗いながら…

図書館の少年

その少年は本を読むのが好きだった。だから、図書館にいるのも好きなのだった。ある日、少年は家の近所の私立図書館に入った。そこで彼は、奇妙な本を見つけた。書名は「図書館の少年」。児童向けの小説らしい。少年は立ったまま読み始めた。読書好きな少年…

出会いは突然に

突然、ふたりは出会った。それは、あり得ない出会いだった。僕が死んだはずの彼女に出会った時 彼女は死んだはずの僕に出会った。つまり僕たちは、互いに自分は生き延び 互いに相手が亡くなったものと信じていたのだ。「私、あなたの葬式に出たわよ」「僕な…