Tome文芸館 Annex

自作読み物を紹介。動画用朗読音声を常時募集。英訳はGoogle翻訳。

愉快な話

ネズミの家

あるところに ネズミの家がありました。古くて大きくて たいそう立派な家でした。その昔、ネズミの家は 人の家でした。ある日、この家にネズミがやって来て ある日、この家から人が出て行ったのです。以来、この家は ネズミの家なのです。元旦の朝、この家に…

眠れない羊飼い

あるところに 不眠症の羊飼いがいました。羊毛みたいな白いヒゲがご自慢の この老いた羊飼いの悩みの種は 眠れないことでした。「眠れない夜は 羊を数えると 眠れますよ」近所の奥さんが そう教えてくれました。「わしは毎日 羊を数えておるよ。 それが わし…

天空の将軍

暗黒の雲に隠れ 天空に浮かぶ伝説の要塞。黄道、白道、または 地磁気に沿って浮かび漂う。その支配者、神の如き将軍。不老不死、不笑不悲。本日、おそれ多くも将軍の 第一千回目の誕生式典。雷鳴は荘厳なる祝砲。稲妻は華麗なる花火。飲んで歌え。酔って踊れ…

プロレスラー

プロレスラーともめている。こいつと争ってはいけないのだ。どう考えても分(ぶ)が悪い。しかし、つい手が出てしまうのだ。ああ、いけない。たった今、軽くではあるが顔面にパンチを入れてしまった。やはり相手は怒っているようだ。今にも殴り返そうとしてい…

忘れた頃に

忘れているような気がする。なにか大変なことを。「なんだっけ?」「知らないわよ」そりゃそうだ。唐突に尋ねてもな。「わし、なにか忘れてるみたいなんだよ」「あんた、みんな忘れてるじゃない」ああ、そうか。「そう言えば、あなた、どなたでしたっけ?」…

お邪魔します

妻の部屋に侵入した。まずは挨拶。「お邪魔します」妻が返事をする。「あら。夫婦なのに水臭い」おれは用件に入る。「では、金を出せ!」右手には拳銃。「あんまりよ」妻は財布からコインを取り出す。おれは首を振る。「札にしろ」「無理よ。家計が苦しいの…

一件落着

あなたが犯人でしょ? とぼけたって無駄よ。あたし、知ってるんだから。一見普通の婦警みたいだけど これでもあたしね ミステリーとか探偵ものとか捕り物帳とか いっぱい読んでるのよ。驚いた? あら、平気そうね。とぼけても無駄だって言ったばかりなのに。…

切り札

「あたしの切り札はこれよ」女は服を脱ぎだした。やれやれ、またか。これだから女ってやつは、まったく。「残念ながら」おれは首を振る。「おれはロボットなんだ。 人間の色気なんか通じない」「あら、奇遇ね」彼女は不敵に笑う。「じつは、あたしもロボット…

鍾乳洞の水

僕の秘密の遊び場は小学校の裏山にある鍾乳洞。入口は、お地蔵様の並ぶ崖の下。ここに入る時、君のその大事な頭を天井にぶつけないよう注意するんだね。まっすぐ進むと、冷凍マンモスの部屋があるよ。そこには八つほど穴があって 右から二つ目を選ぶのさ。恐…

遺言はない

大富豪の伯父が亡くなった。少しくらい遺産が入るかなと期待していたら メイドが届いた。「初めまして。新しいご主人様」なるほど、確かにメイドだ。伯父の家で見かけた記憶がある。「あらあら! これはまた・・・・」俺の部屋はひどく散らかっていたのだ。「と…

約束

約束通り、彼女は現れた。「会えて嬉しいわ」彼女の笑顔は透けていた。その向こうに景色が見えるのだった。「・・・・よく来れたね」「だって、約束だもん」ああ、約束なんかするんじゃなかった。「君、気づいてる?」「なんのこと?」やっぱり彼女、気づいてな…

伝説の酒場

とうとう来てしまった。千鳥足でなければ辿り着けないという世界が回転しなければ入れないという伝説の酒場。どこにあるのか誰も知らない。町名も番地もわからない。およその方角もわからない。そもそも店名すら不明なのだ。入口のドアを開けると床には小川…

捨て熊

自宅の門の前で、段ボール箱を見つけた。「すみません。この熊の子をよろしく」段ボール箱の側面にマジックで書いてあった。つまり、捨て熊である。迷惑この上ない。私は段ボール箱を拾い上げると こっそり隣家の門の前に移動しておいた。ところが、幼い息子…

コテ茶

なつかしい叔父(おじ)から小包が届いた。叔父は遠い外国で暮らしている。貿易商なのに冒険家のつもりなのだ。小包の中には手紙と異国風の布袋が入っていた。手紙は短かった。「コテ茶だよ。煎(せん)じて飲んでも知らないよ」これだけ。いかにも変人の叔父ら…

観光案内

観光バスが自宅に飛び込んできた。やれやれ、またか。急カーブの外側に建つ家の宿命か。バスのフロントガラスが大きく割れている。運転手のあんちゃんが笑顔で手を振る。「やあ」おれは笑顔になれない。でも、返事くらいしてやろう。「やあ」バスガイドのね…

キノコの薬局

額にキノコが生えてきたので あわてて近所の薬局へと走った。深夜営業の薬局の主(あるじ)とは顔なじみだった。「あんた、運が良かったよ。もし鼻だったら」「キノコが鼻に生えたら、どうなる?」「そりゃ勿論、女の子に笑われます」嬉しそうな主の笑顔。こっ…

五つのゲーム

なんでもないことなんだけど私は女の子か男の子かよくわからない。よくわからないまま私は、とりあえず隣町の女の子だけの学校に通っている。もうひとり、私の友だちで、やっぱり女の子か男の子かよくわからない子がいてその子と私で、どちらか女の子っぽい…

片眉の老人

「あっ、落としましたよ!」老人を呼び止めた。歩道に落ちたものを拾ってやる。それは眉であった。真っ白な眉。「これはこれは。すまんすまん」老人に白い眉を手渡す。なるほど。老人の顔には片方の眉がない。「ありがとうな。助かったよ」「いいえ。どうい…

不服従な従者

昔、ある国の王宮に不服従な従者がいました。国王が命令を下しても従者のくせに従わないのです。王宮から追い出そうとしても従いません。国王の弱みを握っているのか従者は拘束されることもありません。「国王は先代の遺言に縛られているのだ」そのようなま…

流されるまま

いらっしゃい。どうぞ、こちらへ。ようこそ。初めまして。あなたも流されて来たんでしょ? そうでしょうね。みんなそうよ。流されるままに生きているとなぜかみんなここに到着してしまうらしいのよ。ええ。いろんな人がいるわ。流されそうな芸能人。流されそ…

殺し文句

ものすごい殺し文句を発明した。こいつにまいらぬ女はいない。相手が女なら誰でもイチコロ。どんな純真な少女であろうとどんな貞節な人妻であろうと一発でメロメロ。いくら美しくても耐えられない。いくら賢くても抵抗できない。女子高生、女子大生、OL、教…

淋しくはない

そうなの。あたし、こう見えてもOLなの。なのにね 仕事で失敗ばっかりするから 部署の偉い人から怒られちゃって デスクのある部屋から追い出されて こんなふうに 罰というか見せしめとして 会社の廊下に立たされてるの。黄色い帽子かぶせられて 赤いランドセ…