ひどい話
まず最初に大洪水があったのだ。 それも鉄砲水のように突然で激しいものが。 それで、一瞬にして遠くまで流されてしまった。 なぜか濡れた感じはなく、波乗り気分。 気づくと、乾いた田んぼの真ん中に寝転んでいた。 斜め右上の方向から次々と、黒くて大きな…
変な友だちがいるんだ。 コンビニみたいな店の中で僕に 食べかけのお菓子の袋を手渡すんだ。 それも、三つくらいまとめて。 なんだか火急の用事があるらしくて そいつは先に店を出てしまう。 残された僕は困るよ。 会計せずに商品を開封したみたいじゃん。 …
どこかからどこかへ向かわんと 歩行者天国のような街中を歩いている。選挙の投票前の時期らしく 市場のように多彩な政党の大売り出し。優しさの人情に訴えるおばさん候補、正義に燃えるなんたら主義のおっさん候補、あやしげな教義を信奉する新興宗教の候補…
オフィスで深夜まで残業している。社長が帰社した。会長が亡くなり、葬儀の帰りらしい。社長と顔を合わせたくない。デスクの下に隠れる。なぜか鼻血が止まらないのだ。鼻の下にみっともなく血がついているはず。ところで、ある社員が不正会計をしていたとい…
尿意を覚えた。放尿せにゃならぬ。体育館のような建物の中、奥に水盤がある。そこでことを済まそうと近寄る。いや。しかし、待てよ。あれは手洗い場、または水飲み場であろう。実際、手を洗っている人たちがいるではないか。いやいや、ダメだ。あんなところ…
まずピンポンダッシュで起こされた。 犯人と特定できないものの、出勤するのか 隣人らしい男が前を通り過ぎようとしていた。「おはようございます」なんて元気に挨拶されたら 返事もできず、腹を立てたまま寝直した。まったく迷惑な行為は許さんぞ。無差別テ…
振り向いた時か、着替えた時か。それとも起きた時だったか。とにかく何気なく何事かした拍子に 目の前にある白いテーブルを汚してしまったのだ。こげ茶色の食べ物がこぼれた感じ。その汚れはさっと拭いて片づけたが さて着替えようとした時に服の汚れに気づ…
水洗トイレではあるまいか。キッチンの流し台のように感じていたのに その水は汚れているような気がする。それとも、何事か操作を誤って おれが汚してしまったのかもしれない。ともかく、その白い陶器の汚れた水たまりの中に 自筆の手描き絵いく枚かが落ちて…
「これから、こいつとケンカする」血のつながらない兄貴が言う。「あんたは強いが、あいつとはやめた方がいい」そう忠告するが、兄貴の決意は変わらない。相手はそれほど強そうでもないが、疑惑がある。右手が機械仕掛けになっているという噂があるのだ。そ…
江戸時代、キリシタン狩りのために、役人がキリストや聖母が彫られた板などを人々に踏ませた。その板を「踏み絵」と呼び、踏むのを拒んだ場合 その者をキリスト教徒として逮捕、処罰した。初期の段階では、それなりの効果はあったようだ。しかし、次第に隠れ…
あたし、落とし物なんです。小さな小さな熊のぬいぐるみなんです。こういうのを「ぼんてん」と呼ぶ人もいますね。おなかに「Poo」とあるのは「くまのプーさん」からの連想かな。「Poo」は「Pooh」から「h」が落ちた言葉で ちょっと困った意味があるのですよ…
「もうじき、お迎えが来る」年寄りや重病人の口癖である。どうやら覚悟したらしい。もう死ぬのは怖くない、と。しかしながら、考え甘い。そんな送迎サービス、ある保証ない。迎えは来ないかもしれないのだ。もし迎えが来なかったら 自力で這ってでも行かねば…
殺人事件が発生した。おれは所轄の刑事として たまたま本件の捜査担当になった。現場は謎に満ちた不可解な状況なので ミステリー好きには格好な事案であろう。で、なかなか犯人を特定できないわけだが 正直なところ、あまり気が乗らない。殺された被害者はろ…
今日は空爆の日。 朝から爆弾が降っている。 まったく、ひどいことをするものだ。 家は壊され、人は殺され、文化も壊滅。 なのに正当防衛、正当攻撃ときたものだ。 迷惑な害虫を駆除するみたいな 農薬散布のつもりなのだろう。 あんたら、昔からそうだった。…
市民センター内にある市立図書館分室で 借りて読むための本を探していたら 四季によせて家族愛を賛美する あの定番の合唱曲が聞こえてきた。 やめてくれ やめてくれ いたたまれない いたい いたい いたたた いたい おしつけがましき ぬるまゆの あふれんばか…
「ん? どうした?」「ゴネガ虫が大発生しました」「まずいな。アポジ剤を散布したのか?」「大量散布しても、まったく効果ありません」「すると、ペス回避だな。 サカノボ線を遮断するしかないだろう」「できません。 オクラミンコフの反撃が予想されますか…
玄関チャイムが鳴ったので出てみると いかにもな美少女が立っていた。最初、どこの誰かわからなかった。が、話してみると、同じマンションの住人。ああ、そう言えば、こんな子いたな。賃貸で借りている母子家庭の娘さんだった。閉鎖的で非常識、いろいろ問題…
俺は彼女の耳が気に入らない。形が問題なのではない。自分ばかり喋って俺の話を聞こうとしない その存在が我慢ならないのだ。なので俺はこっそり企んでいる。そのうち彼女の耳を切り取るつもりだ。道具はカッターがいいかハサミがいいか。それともブーメラン…
絞首台の階段は俗に十三段と言われる。が、実際のところ、その段数は定まっていない。その証拠に、今おれがのぼった階段は十六段だった。百八段くらいあってもいいのに。それにしても、情け容赦ない。こういう形で死を迎えるとは想定外だった。落し戸の上に…
名誉の負傷、古傷がうずく。完治したはずが、散弾のかけらが残っていたようだ。これから、そいつを摘出する。まず小刀の先を焼いて消毒。それで傷跡の残る皮膚を十文字に切り開く。痛い。泣きそうなくらいだ。しかし、当時はもっと痛かった。それにしても、…
さっきまでふぶいていた。まさにすさまじいふぶきだった。はげしくて冷たくて、死にそうだった。でも、今はもうおだやかであたたかい。さっきまでの苦痛がうそのようだ。冬山の天候は変わりやすい。これでようやく前進することができる。いままでふぶきのた…
迷い込んだ洞窟の行き止まり 壁に埋もれし異教の神々おわします。蛇身の女神の片腕へし折らば 禁断の隠し扉が開きます。ぬるぬる滑る石段を 手探りしながら下りましょう。鼓膜を圧する合唱の響き 呪わしく厭わしく聞こえます。 七色のかがり火は 異形の影を…
近所のリサイクルショップで兵士の人形なんか買ったものだから 部屋の中で戦争が始まってしまった。"I am a soldier."バタ臭い顔してるから英語圏の兵士なのだろう。ところかまわず機関銃を撃ちまくる。リフォームしたばかりの壁が穴だらけになった。ともか…
一糸ほどしかまとっていない美女が かすれた声でつぶやく。「好きにして」その潤んだ瞳。「いいんだな?」「いいわよ」おれは美女をロープで縛って大きな段ボール箱に詰め込み 布テープで蓋を止め、さらにロープで箱の上から縛った。「なによ、なによ。なに…
脳の半分を切除された子どもの気持ちなんか 僕には想像できないし、わからない。また、そうしなければならなかった親の気持ちも やはり僕にはわかりそうもない。いくらか想像できなくもないけど、それだけ。正直なところ、わかりたくもない。そういうことは…
おれは爆弾を抱えている。いや。比喩ではない。文字通り。ほれ、この通り。おれは、まさに自爆テロリストのように本物の爆弾を抱えているのだ。どうだ、物騒であろう。危険極まりない。うん。おれもそう思う。だが、仕方ないのだ。こうでもしていないと眠く…
無暗にゴミを捨てるの やめようよ。つまらない くだらない ありふれたもの どこにでも落ちていそうなものを できるだけ増やさないようにしようよ。ここはね 世界から隔絶された君だけの部屋じゃないんだよ。公共の場とは言わないまでも 集合住宅みたいな共同…
この問題は、明らかに問題である。ある大男が巨大なノコギリを一回ひいて 一軒の家を屋根の中央から床下まで切断した。中には親子四人の家族が住んでいたが 家もろとも全員が切断されてしまった。折れたり重なったりしていたので 死体の数は全部で十五個にな…
神殿が荒らされ、秘宝の短剣が盗まれた。それを手にする者 人を刺さずにいられなくなる、という。もし身近に誰もいなければ 己の胸さえ刺す、という。奪われるまで、力尽きるまで それこそ死ぬまで刺し続ける、という。まさに呪われた短剣。おちおち血糊も拭…
主人公は異星人との混血児。とても勇敢な少年。かわいらしくて賢い妹 にくたらしくて力持ちの弟を従え 世界の平和を守るという伝説の 竜の炎を求め、冒険の旅に出かけた。孤児の三人を引き止める者はいなかった。父親は辺境の地で戦死した。勇敢な最期だった…